山上憶良

多田一臣さんの『山上憶良』(花鳥社 2023/12)を読みました。「生きる意味を問い続けた歌人の表現思想」という副題で、憶良の全作品を(やや幅広く認定)、およそ年代順に配列し、評釈を加えた歌人伝です。親切にルビが振ってあり、古文には全て現代語訳が付してあるので、読者層は研究者だけでなく汎く設定されているのでしょう。見返しの配色や表紙デザインも素敵なのですが、そういう読者が片手で持って読める本なら、ソフトカバーでもよかったのでは。造本の反発力が強すぎて、開きにくい。

じつは多田さんは、本書の最終校正時には集中治療室に入っていたそうで(彼のブログに詳しい)、あとがきにも「自身の老いの自覚が、憶良への共感をつよく呼び起こした」と書いているように、17章に亘る憶良伝でも晩年の方に力が籠もっていると感じました。序章「いま、なぜ憶良を読むのか」では、憶良を経歴が特異であるだけでなく、理念や思想を詠む歌人として、和歌史に屹立する孤峰だと言っています。そして宗教に頼れなくなった現代、生老病死に誠実に向き合う彼の思索と表現は、読むに値するとも。

憶良の作品をまとめて読むのは何年ぶりでしょう、学部2年以来かも。しかし本書を辿りながら、自分ではあまり好きだと思っていなかった彼の作品殆どが記憶にあったのは意外でした。やはり印象の強い作家だったのです。漢文学寄りの素養、儒教と仏教の影響を受けた知識人、というのが私の憶良観でしたが、本書によってそれを裏付けられました。愚痴っぽいのも理屈っぽいのも、漢文寄りのせいなのか。本書読了後の印象は、憶良は官人なんだなあ、というものでした。そして多田さんはつくづく真面目な人だなあ、と。

何しろ万葉集研究の知識は45年の空白があるのですが、憶良の表現史的研究は未だないと序章にあったのは驚きでした。欲を言えば、付録に簡単な年表が欲しかったけど。