豊後便り・阿蘇高原篇

別府暮らしの友人から、「悲憤慷慨のブログ、概ね共感しながら読んでいます」とメールが来ました。「おおむね」というところがミソでしょう。

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阿蘇外輪山

【こちらはノンビリしたことを言って申し訳ないと思いつつ、平穏な日常を送っています。今日は久しぶりに風もない快晴に恵まれたので、阿蘇まで足を延ばしてみました。

地元のニュースで、今、ススキが見頃を迎えたと伝えていたのと、西日本一を謳う阿蘇内牧温泉のバラドームが、この夏に新しく「阿部牧場」が管理者になり、アソ・ミルク・ファクトリーとしてリニューアルオープンしたので、薔薇を見たくなったからです。途中の阿蘇高原で休憩したのですが、阿蘇の外輪山が眺められ、根子岳の特徴的なシルエット、右の方には中岳の噴煙が見えます。中岳は数日前から小噴火をしているとニュースで伝えられています。

ドーム型温室の中で育てられた薔薇は予想以上に立派でしたし、野外の薔薇と野草のガーデンも見応えがありました。入場無料というのが偉い。阿蘇市が町興しに力を入れているらしい。薔薇の花は写真にすればどこで撮っても同じようなものになるので、送るのはやめておきます。】

ふと箱根の仙石原を思いましたが、20年以上前、初秋の阿蘇外輪山をタクシーで一周したことがあります。牧草の中に丈の高い、立派な女郎花が風に揺れていたことが印象的でした。牧場と言えば西洋の風景をイメージしがちですが、女郎花もよく似合う。もう地名を忘れましたが静かな温泉宿に一泊し、明け方、窓外で頻りに音がするので何かと思ったら、池の鯉が跳んでいたのでした。その時詠んだ駄句です。

朝霧や鯉跳ぶ音の山の宿(mamedlit)

ショパンコンクール

昨日は仕事のノルマが早く終わったので、夕食後、NHKーETVでショパンコンクールに関する音楽番組を視ました。今年はコロナで延期されていたコンクールが久々に行われ、日本人も最終選に残っているらしい。10代の頃はピアノに魅せられ、ショパンは早春がよく似合う、と勝手に思っていました。30代後半からは忙しすぎてFMやレコードを聴く暇(心の余裕)がなく、「別れの曲」を座って聴いたのは数十年ぶりです。

あの当時はルビンシュタインの演奏が最高、音を聞いただけで別格と分かる、と思っていたので、白黒のVTRが流れた時は、今の自分にその理由が判るか、という気持ちで聴きました―大人のピアノだ、と思いました。音の輪郭が一つ一つすっきりしていて、力が籠もっているのに余計なものがない。かつてはもっといろいろ感じ取ることがあったような気がしますが、今の私にはそれだけしか思い浮かばず、しかし畏敬の念に包まれました。

ショパン当時の楽器で演奏する企画もあって、1843年製造の小さなピアノの、すこし濁った、しかし懐かしく温かい、川口成彦の演奏や、また東欧の晩秋風景と共に小山実稚恵の協奏曲第2番ラルゲットも流されました。この2人は演奏者自身が楽しみながら弾いているのがよく分かり、つくづくと聴きました。

ショパンの協奏曲を初めて聴いたのは、父がアメリカ出張土産に買ってきたLPレコードによってでした(1950年代)。我が家には未だSP用の蓄音機しかなく、針が違うことを知ったのもその時でしたが、回転数の合わないまま聞いた時の衝撃を忘れられません。小曲だけでなくショパンにはこんな曲もあるのだ、と未知の世界が一気に開けました。

世界は未知のこと、楽しみたいことに溢れてる。早くノルマなんかなしに暮らしたい。ショパンは晩秋もよく似合います。

体験的電子事情・新行動様式篇

オンラインの学会・研究会にも大分慣れては来ましたが、今度は参加者の行動様式が気になることがあります。先日の学会では、質疑応答の際にパキッ、パキッというノイズが入ることが複数回あって、何だろうと思いましたが、発言者たちにボールペンの頭を押す癖があるのだと推測しました。本人は無意識でしょうが邪魔な騒音です。

友人の多いエノキさんは、よくタブレットで懇談会をするそうですが、イアホーンのコードには小さなマイクがついていて、長髪の人は髪がざわざわと音を立て、マイクの性能がいいので拾ってしまい、うるさいことがあるそうです。また普段から話し慣れているはずの教師たちでも、聞き取りやすい話し方とそうでない話し方とがあり、対面なら問題にならないのかもしれないのですが、語尾を呑んでしまう、あるいは滑舌にやや難のある人も結構いることが判りました。高齢者からすると、自分の聴力に問題があるのかと考えて遠慮しがちですが、どうもそれだけではないらしい。

マイクや録音機が家庭でも使えるようになった当初(60年ほど前です)は、マイクに乗りやすい話し方や声、また方向性のあるマイクの癖など、自分で注意しながらテストし、練習したものですが、現代は機械の性能は一律だとされているので、却って問題に気づきにくいようです。

美容院では、オンライン用には青い服を着るといい、と教えられましたが、効果は人によるようです。口紅をつける男性もあるようですが、率直に言ってあれはきもちわるい。もひとつ、辟易すること―発表者の指導教授が質問する時、画面に出る顔はどうしても「指導教授」の表情で、一般の視聴者からすると高圧的に見えて、つらい。普段なら背後から、後頭部だけ見て済むのに。咄嗟に画面を遮断すればいいのでしょうか。

源平盛衰記の「時代」

坂口太郎さんのリサーチ・マップを閲覧したところ、「拙稿の公開と訂正」というカテゴリーがあって、なるほどこれは設けるべきものだと感心し、本ブログにも新しく作ることにしました(なお坂口さんは「碩学の論考、碩学への追想より」という欄も設けていて、これがなかなか面白い)。https://researchmap.jp/ekisai-kariya/

頻繁に重版されるような本を出しているわけでもないし、論文を単行本化する際には気をつけて訂している所存ですが行き届かず、とりあえず本ブログで訂正、公開します。

今後随時掲載し、随時更新する予定です(順不同です。発表順ではありません)。

 

源平盛衰記の「時代」(「國學院雑誌」112:6 H23/6)

文中、「低書部」とあるべきところ、「低所部」と、変換ミスを見逃しています。

p2下19行目、p3上4,9,14,20行目、p3下1,7行目、

p11下注(8)

 

普通のワープロ機能では「低所部」と出てしまい、校正時にうっかり見逃しやすいのですが、最近ようやく我が家のPCは「低書部」が先に出るようになりました。

なお長門切は現在、80点ほどが発見されています。

参考源平盛衰記

11月の古典籍大入札会には、真珠庵本『太平記』が出されるとの予告を見ました。『伝存太平記写本総覧』の著者長坂成行さんは、思文閣の新出写本にも、断捨離、断捨離と唱えて無関心を装っているそうですが、ほんとかしら。

そう言う私は、年金生活で資力もないし、没後、資料の落ち着き先の心配もあるし、と文字通り断捨離生活だったのですが、先日、届いた『琳琅満目』153号(琳琅閣書店)をのんびり開いて、口絵に「参考源平盛衰記 江戸期写 82冊」とあるのを発見。がつん、と来ました。どうしよう、と暫く立ちつくしました。

『参考源平盛衰記』は、水戸光圀が部下に命じて、『大日本史』編纂のために軍記物語は史料たり得るかを検証させた事業の一環として、『参考保元平治物語』『参考太平記』と共に編まれました。『平家物語』でなく分量の多い『源平盛衰記』をもとに記事の正否を確認すべく、『平家物語』諸本や同時代史料と比較し、年代的根拠のない説話は削除しました(史籍集覧に翻刻されています)。初稿本と再稿本の2種があります。若い頃、現存する伝本を確認して歩き、解題も書きました。その後、2点ほど新出写本がありましたが、彰考館で作られた稿本すべての行方が判っているわけではありません。

『満目』で見ると、きっちりとした書写態度で、再稿本らしい。しかし「常陽水戸府」の下に署名がありません。蔵書印もなく、問い合わせると市場で入手したという。82冊なのは分冊や合冊があるからで、外題には89冊止とあり、完本だそうです。伝来が判らないが善本、というのは最も骨が折れる研究対象です。一晩考えよう、と思っていたら、売れました。コレデイイノダ―細かな調査のできる人の許で、従来の謎が解けるのが一番いい。出しかけた旧いノート類をしまいました。

詐欺未遂

今日は南西の上空でヘリがうるさい。そうか、衆議院解散したんだ、と思ったところへ電話が鳴りました。普段なら留守電対応なのですが、今日あたり注文した本屋から電話が来る頃なので、うっかり受話器を取りました。時刻は13:45、魔のタイムです。

もしもしイ、と軽く語尾が上がる、男の声です。○○様のお宅でよろしかったでしょうかア~、文京区の××課の清水ですが、と言う。文京区に××課という課はありません。キタ!と思いながらはい、はいと言っていると、確認ですけど~、今年6月頃に、と言いかけて切れました。早速区役所の大代表へ電話を掛けて、××課という課はあるかと訊いたら、ないと言う。事情を説明すると、よくあります、と担当部署に繋がれました。

出てきた担当部署の名乗りがよく聞き取れません。何度も聞き返すと消費△△センターの某川、と言って、こちらの個人情報をあれこれ尋ねます。住所、氏名、年齢、電話の操作方法・・・被害には遭っていないのだから、そんな情報を告げる必要はない。電話したのは、広く注意喚起した方がいいよと言うためで、文京区に××課はないのにそう名乗ったら詐欺だと分かる、と広報したらどうか。すると、対策はこちらで決めます、貴重なご意見云々と四の五の言うので、詐欺よりもこの方が面倒だなと思いながら切りました。

語尾が上がる、営業独特の話しぶりがあります。我が家にいきなりそういう口調で電話してきたら、間違いなく詐欺。そして午前10:00~11:30,午後の13:30~14:30、夕方の18:00台は詐欺タイム。家にいる女性が電話に出やすい時間帯なのだそう。ありそうな名を言われれば引っかかりやすいでしょう。

それにしても普段は留守電で予防しているのに、受話器を取る理由がある時に限って詐欺電が来るというのは、一種のジンクスでしょうか。

太平記要覧

長坂成行編著『校訂『太平記要覧』』(和泉書院)という本が出たと知って、取り寄せました。『太平記要覧』は貞享5年(1688)版の『太平記』梗概書。解説にいう通り、大部な『太平記』には梗概書があると便利ですが、これまで活字化されていませんでした。跋文によれば著者は丹波黒井の岸友治、それに編者岡村寿庵(丈白)・夢月堂露白、叙を書いた木村雪任子が関わったとのこと。流布本を章段ごとに節略しており、巻ごとの要約『太平記抜書』よりも詳しく(全8冊)、節略方法は本書の解説に例示されています。

あとがきにある通り、『太平記』には梗概や研究史を含む手引書があってもいいので、本書の広告を見た当初は、すでにそういう本が出ていて、博学の長坂さんがさらに「校訂」して出したのだと思いました(私自身も四半世紀前、大森北義さんとそういう企画を相談したことがあったので)。源平盛衰記はそれに替えて『源平盛衰記年表』を出しましたが、『太平記』では出ていなかったのでした。

本書は頭注に「章段別参考文献」を付しています。厳格主義の長坂さんが精選した参考文献一覧は有益ですが・・・しかし先行研究へのこだわりや、事典や手引書依存には恐い陥穽があることを、近年痛感しています。それは先行研究の枠から抜け出せなくなること、また知らず知らず「解題」的、「概説」的な視点・文体に填まってしまう弊害です。最近の軍記物語研究には、どうもこの傾向がある。留意して使いたいものです。

折しも思文閣から『古書資料目録 和の史』271号が出ました。新出の写本(桃山期写、36冊、甲類本系統、巻15、16は乙類本。¥250万)と、希少とされる慶長14年古活字版(平仮名付訓、完本40冊、¥1000万)とが出ています。『太平記』には、未だこんなこともあるのですね。