アイロン

2、3日涼しい、というか肌寒い日が続きました。明日から気温が上がるという。何を着たらいいかしら。夏の間は殆ど人中へ出なかったので、気候に相応しい、まっとうな上下を揃えるのに悩み、アイロンを掛け始めました。今年になって2度目くらいのアイロン掛けなので、ブラウスやハンカチが一杯溜まっています。

在勤時代は毎週アイロン掛けをしないと間に合いませんでしたが、今はこんな頻度でもやっていける。出勤していた頃はハンカチもワイシャツも、箪笥一杯買い置きしてあっても、忙しい時期は足りなくなるほどでした。殊にハンカチは、毎時間チョークで汚れた手を洗うので、薄い女物は役に立たない。父も弟も色物のハンカチは使わなかったので、頂き物の色物ハンカチは私に払い下げになりました。それゆえ大判でしゃきっとした木綿ハンカチを常用していたのですが、ふと、アイロンを滑らせながら、生地が薄くなっている気がしました。つまりそれは、働いた年月の証明なのだ、と思って、ひそかに自分をねぎらいました。

今秋の東京は雨天続きで、日照が殆どなく、重く、暗い日が続いています。このところ思うようにいかない課題の始末を、そろそろつけなくてはなりません。色とりどりのハンカチをアイロンで延ばしながら、ひとつの決断をつくりあげていく時間ー窓を開けていても時刻の移るのが分かりません。決めたことをどう落ち着かせていくのか、どう説明すれば納得して貰えるか、何を胸にしまって何を指し示すか・・・そしてどうしたら、その後もうまく滑っていくようにできるか。

未だ全ては見えませんが、ハンカチの山を畳む頃には、決断の後ろ姿を、おぼろけながら想像出来そうな気がしてきました。雨は止んだようです。

朝、目覚めた耳元で鳩の鳴き声がするー平和な日々の証のような気持ちになり、小石川で暮らした10代、20代の気分が蘇ってしばしうっとりするのですが、ここ数日あまりに近くで鳴くところを見ると、どこかのベランダに営巣しているのかもしれません。「くっくくう、くっくくう、わっぱぱ、わっぱぱ、くう」という繰り返しです(ぽっぽっぽ、とは聞こえない)。

小石川に住んでいた頃は、護国寺の鳩が多く、勝手に窓から入ってきて居座ることが何度もありました。犬猫と違って叱っても駄目なので、ある時捕まえて脚を紐で括り、暫く吊してから放したら、来なくなりました。動物愛護の上からは非難されるかも知れませんが、室内に産卵されたらそれこそ大ごと。地方勤務で暫く留守にした間にはベランダは糞だらけ、営巣されたこともありましたし、ある時はエアコンの室外機に挟まって死んでいたこともありました(隙間に入る時は歩いて侵入したのでしょうが、出る時は翼を拡げて飛び立とうとして空間が足りず、歩いて出る知恵はなかったらしい)。

野生の鳩は病原菌を持っているので、あまり人間の近くには寄せない方がいいと聞きました。本郷近辺では、以前より雀と鳩が増えた感があります。伝通院から飛んでくるのか、もともと駒込など寺の多い地域でもあるので、鴉や鵯に勝って増えてきたのか。エノコログサの生い茂った空地の側を通ると、雀の大群がわあっと飛び立ち、壮観です。

鳩が平和の使者としてシンボライズされたのは、ノアが大洪水の後、箱船から偵察に放った鳩がオリーブの小枝を咥えて帰ってきたので、地上で暮らせる平和が戻ったことを知った、という故事によります。しかし現実の鳩の図々しさは、平和も粘り強く勝ち取らないと得られない、という現代向けの教訓に相応しいかも。

西洋朝顔実験

ベランダに置いていた大きな鉢(梔子、石榴、椿など、実生と挿し木で育てました)を引き取って貰ってから、夏、コンクリート壁の輻射熱対策に頭を悩ましていました。最近、西洋朝顔が野生化しているという話を聞いていましたが、なるほど1株で家1軒を覆い尽くすほどの生命力、しかも初冬までピンクの花筒と濃青色の花被を大量に見せつけます(某紙の女性論説委員が、コラムの結びに「古来はかないとされてきた朝顔だって、今は初冬まで咲いている」と書いていましたが、いやいやあれは外来種)。

近所の空地にこれが生え、2年目は地に落ちた蔓の形そのままにスプラウト状態で発芽、どうなることかと見ていたら、互いに牽制するのか大きくならずに夏が過ぎました。2本ほど引き抜いてきて、ヨーグルトのカップに植え、家庭用に育ててみることにしました。1本は釣鉢に入れて、蔓をバスケット状態に編みましたが、なかなか花がつきません。彼にとっても厳しすぎる環境だったようです(後で考えたら、早めに摘心して小さく仕立てればよかった)。

もう1本もヨーグルトのカップに植えて、蔓を伸ばし、グリーンカーテンに仕立ててコンクリート壁を覆うことにしました。蔓はぐんぐん伸びましたが、花がついたのはようやく最近。釣鉢の方もやっと1輪咲きました。昼顔ほどの小さな、淡青色の花です。外来種の獰猛な感じはなく、我が家向きだなと思って調べたら、ソライロアサガオとも呼ばれる別種らしい。西洋朝顔にもいろいろあることを知りました。なじみの朝顔よりも蕾が毛むくじゃらで、萼が反り返っているところは、いかにも外国から来た雰囲気です。

誤算は蔓が上へ上へと伸び、決して垂れ下がらず、また一番上に出られた蔓ばかりが伸びること。カーテンに作るのは難しい。来年はどうするかなあ。

三昧堂通信11

樽見博さん編集の電子ミニコミ誌「三昧堂通信」11号が配信されました。今号は➀大和田茂「葉山嘉樹と小林多喜二は小樽で会って懇談していた」 ②茅原健「勢多左武郎と1行詩」 ③高梨章「君なら蝶に」 ④古川富章「HAIKUの多行表現史・補遺」 ⑤樽見博「抽象画について クレー」 ⑥同「室生犀星の検印」 ⑦同「三昧堂句帖1」 。 

➀は今まで葉山嘉樹と小林多喜二は会ったことがないとされてきたが、じつは1929年8月に小樽で会っていることを、在野の研究者大家真悟が考証したという紹介。私は嘉樹も多喜二も、遙か昔、代表作を読み囓っただけですが、多喜二は嘉樹に私淑していて、嘉樹が商船あめりか丸による日本一周旅行の途上で小樽に滞在した機会に対面したことが証明できたのだそうです。私が意外だったのは、プロレタリア作家の嘉樹がそういうツアー(299名の団体旅行だったらしい)に参加したということでした。何が目的だったのだろう。

④は尾﨑放哉が東洋生命保険株式会社に勤務していた間に、社報に発表していた俳句、俳論、そして業務だった保険に関する論文が発見され、従来の放哉像が変わる、という報告。社報には欠号があるので、全貌が判明すればさらに、放哉の伝記の空白部分が埋まるという。今回発見された未発表俳句は大正2年(1913)から6年までの212句で、中には定型句も131句含まれ、彼の自由律への移行は大正3年であり、同5年頃には自由律俳句についての自説を確立していたと言えるとのこと。在勤時代の経歴(至極真面目に業務を果たしていたらしい)も判明して、伝記資料を補充することができたという。今後の評価が注目されることになるのでしょう。

⑦から1句ー夏袈裟の亡師の坐像3とせ過ぐ(樽見博)。

国土防衛

朝、目が覚めてしみじみと雨の音を聞くのはいいものです。ときには音を立てて降る雨を窓の外に聞きながら、街を思い描くのもわるくありません。しかしこのところの大雨はどうかしている。まるで日本列島の上を、昨日はここ、明日はあっち、と鬼ごっこでもしているかのように豪雨が襲っています。

今日は名古屋の繁華街の出水が報道されていました。想定外の異常気象なのでしょうか。これもまた人類の引き起こした地球温暖化のせいなのか。しかし、こんなに毎日のように「自然災害」が繰り返され、その被害が多大で長引くとなると、果たして天災と言っていていいものか、という疑問が湧いてきます。

子供の頃、列車の窓から見える川べりに、「1級河川 建設省」という杭が立っているのを見て、何故建設省なのかと親に質問したことがありました。河川の1級2級の判定は建設省がするのだという。必ずしも川の大きさと級数は比例していないように見えましたが、氾濫の危険度などで決まり、予算のつけ方が違うのだと教えられました。その後、建設省と運輸省とが合併して国土交通省になり、所轄大臣は永らく第2与党のポストでした。利権が絡むポストだからその方がいいのかも、と思っていましたが、近年、もしかすると、という疑念を持つようになりました。

ずっと受け身で務めてきたのではないか。国土の安全を、根本的に、総体的に、将来に亘って見る目が足りなかったのではないか。どこに街を造り、どんな安全対策を立てていくか、地方自治体も含めどこも考えてこなかったのではないか、と。戦後復興から以後、国土開発を自由気ままに放置しすぎたのでは。

真の国土防衛はまず、災害予防からでしょう。防災庁はいつ起動するの?

学校現場の疲弊

先週今週、教育現場の声を聞く機会がありました。男子の多い高専と、関西の女子大との場合です。全く条件の異なる現場で、最近出遭う学生指導のむつかしさには、ある共通性がある。それは突き詰めれば家庭内の問題が学生生活のトラブルとして顕現してくるケースが多いということと、性別やジェンダーの問題をSNSが氾濫する今日の社会状況がより深刻にする、ということではないかと感じました。

近年よく言われるモンスターペアレントの問題も、根は同じかも知れません。現代の家庭は夫婦、親子、きょうだいの間にさまざまの問題が起こりやすく、学生世代が直面するトラブルは、じつは親世代が抱えている困難である、少なくとも親世代の問題を解決しないと解消しないものが多いのではと思いました。

共働き夫婦の抱えている困難-私生活に於ける男女(夫婦)の役割が変化しているのに社会全体は旧態依然とした性別の役割を押しつけてくる。性自認が生まれつきの性と違うのに、自分自身が性による社会的役割の固定観念から逃れられずに葛藤している。さらに絶え間ないSNSの監視の下にあって、社会的偏見の圧力は自他共に強まるばかり。現代はそういう時代なのらしい。

例えば男子の女子いじめも、オトコはこういうものだという(誤った)伝統的観念が遠因にあるのではないか。オンナには生来母性本能が備わっているもので、オトコのつらさを受け止め癒やすはずだとか、オンナは非論理的で少々弱くないと可愛くないとか、様々の(捻れた願望を含む)偏見がどれだけ両性を圧迫してきたことか。それらは自分の中にもあって、同性の中にはそれを利用して地位を獲得していく者もあり、根絶は難しい。しかし根源を見極めながら対処しなければ、教育現場は徒労に疲れるだけです。

全国1位

今朝、購読紙の東京欄に目が止まりました。見出しは「総合1位 鳥取県民、図書館といい関係」というもの(朝日朝刊)。鳥取がポジティブな項目で全国上位に来ることは滅多にない、しかもこれは東京欄。

読んでみると、文科省の2024年度統計によれば、都道府県別の人口1人当たりの図書館蔵書数は、1位福井で8.4册。2位が鳥取で7.6册、全ての市町村に図書館があり、県が年間に受け入れる本の数は人口比で日本一なのだという。そう言えば昨秋、鳥取県立図書館を見学した際、年間の資料購入予算は1億超えだと館長(かつてのゼミ生です)が説明していましたっけ。

去年行って見ていなければ、信じられなかったかも知れません。40年前は半径200km(一番近い都会は京都です)、本が無くて、夏休みの前後は仕事に必要な本を詰め込んだ蜜柑箱を5、6個東京ー鳥取間を往復させ、宅急便から「ヤマト便」がお得だと勧められました。ちょうど私が離任する年、図書館を建て直す話が持ち上がり、所蔵する古典籍の目録だけでも作っておこうと、朝の開館から夕方閉館まで詰めきりでカードをめくりました(後に、私のそのメモを基に国文研が調査した)。

その後、素晴らしいデザインの建物ができ、昨秋教え子に案内して貰ったのですが、アカデミックでしいんと静かな雰囲気とは違って、あまりに多くの項目に分類され、仕分けされた配架に途惑ったものでした。購読紙の解説によれば、「仕事や生活に役立つサービス」がウリなのだそうで、2004年、新知事の方針に合わせて、図書館職員がせっせと住民の中へ出て行って、ビジネスの役に立つ館を実現したのだそう。

昨秋見た館内や館員の動きが納得できました。隔世の感と共にちょっぴり誇らしい気も。