歌人源頼政

中村文編『歌人源頼政とその周辺』(青簡舎)という本が出ました。歌人伝の研究など院政期の和歌文学に関して着実な成果を挙げてきた中村文さんの定年退職を記念して、『頼政集』輪読会のメンバーを中心に編まれた論文集です。あとがきを書いた兼築信行さんによれば、本書は「中村文リスペクトの研究成果である」とあって、幸福裡に研究者生活の節目を迎えたしるしがかたちとして残ることになり、羨ましく思いました。

源頼政(1104-1180)は摂津源氏平治の乱後も京武者として平清盛に引き立てられ、従三位になりましたが、以仁王の乱を起こして敗れ、自害したのですが、平家物語などの軍記物語では文武両道の達人として描かれています。『無名抄』を始め歌書にもその逸話は多く、父仲正や娘二条院讃岐など、一族には歌人が多かったようです。しかし武人としての頼政の行動には、謎もまた少なくありません。

本書は、Ⅰ歴史の中の源頼政 Ⅱ和歌の<場>の展開 Ⅲ頼政をめぐる歌人たち Ⅳ『頼政集』をめぐって という構成になっていて、日本史や軍記物語の専門家も交え、頼政とその時代を描き出す、貴重な論集になりました。どの論文も力作ですが、私は北条暁子さんの「後白河院の皇統意識」を、新帝即位の折から興味深く読みました。

中村文さんは、「禁裏本系『頼政集』伝本群の再検討」という題で、2系統に大別される伝本の分類を再確認し、分岐以前の祖型に遡及するための手がかりを追求しています。序文では、退職後も研究を続けるよう宿題を出された、という意味のことを述べていて、それもまた幸せな定年を迎えたことの証でしょう。