藤原俊成伝

藤原俊成の評伝を読みました(久保田淳『藤原俊成―中世和歌の先導者』吉川弘文館 2020)。我が家の書庫には松野陽一氏や谷山茂氏、上條章次氏の俊成伝も眠っているのですが、本書は論文集ではなく書き下ろし、一般の文学愛好家にも読めるように企画されたようです。索引も含めて498頁、1御子左家の人々ー出生以前 2歌の家に生まれて―幼・少年期 3和歌の研鑽を積む―青年期 4歌人たちとの出会い―壮年期前半 5歌評者として自立する―壮年期後半 6清輔と拮抗する中で―老年期前半 7『千載和歌集』撰進を成し遂げる―老年期後半 8歌論の集大成と和歌の体系化―晩年期前半 9俊成の栄誉と伝統の継承―晩年期後半 という構成になっています。

和歌の研究、殊に宮廷歌人の研究が羨ましいのは、作者の固有名詞や対人関係を資料によって明らかにできることです。作品の特性を個人の資質に還元してしまう前に、作品が成立・享受される環境をかなり緻密に知ることができます(軍記物語は歴史文学でありながら、あるいはそれゆえに、成立や享受、改訂の背景がすぐには分からないことが多い。そのことが研究を遠回りさせ、今なお誤解の下に迷走している部分が少なくないのです)。

門外漢の私が読んで圧巻だと感じたのは、第七章の『千載和歌集』の歌人と歌、第八章、そして第九章の『千五百番歌合』百首の詠進と加判 の辺りでした。作品と作品に向かう俊成とを同時に描くことによって、「評伝」になっている。俊成らしい仕事の大成は、最晩年に成し遂げられているという事実が、つよい印象を残します。和歌と政治の深い関わりも、ありありと浮かび上がってきます。

かつて授業で教えた『古来風体抄』や『建礼門院右京大夫集』を思い出しながら、当時抱いたささやかな断想が、さほど的外れでなかったことに勇気づけられました。