橋本正俊さんの『歌詠む神の中世説話』(和泉書院 2021/12)を読みました。神が詠んだと伝わる和歌(神詠)にまつわる説話を取り上げ、中世の一面を照らし出す論考を集めた好著。いわゆる注釈文芸や中世日本紀を、文芸から切り離さず、一時代を考えていこうとする姿勢が、好著と呼ぶ所以です。
選書判240頁の手頃な大きさの本ですが、内容はぎっしり詰まっていて大量の文献を参照しており、この分野には不案内な私が全面的に理解したかどうかは疑問ながら、不案内な私でも興味深く、あちこち頷きながら読んだ、という点もまた好著たる所以です。
序章によれば、おそらくは歌学と関わって形成された神詠説が変容しつつ享受、伝承され、新たな「神話」を生み出し、その「神話」がまた新たな由緒を語り出す契機となり、信仰や学問の場で拡大され権威を備えていく、その流転に注目したとのことです。
序章では素戔嗚尊「あしひきの」歌、第2章で春日神詠「ふだらくの」、第3章日吉山王「わがいほは」、第4章下照姫と「あめなるや」「からころも」歌、第5章北野天神「いざここに」を取り上げ、第1章では中世における神詠の歴史を粗描、付章では白山と熊野が天地開闢説に関係づけられていく過程を考察しています。そして終章で、仁徳天皇「高き屋に」歌と高岳親王「いふならく」歌を例として、ひろく共有された和歌が語句・作者・文脈を変えていくこと、しかし神詠にはまた独自の動態が観察されるのではないかと結んでいます。
読了後、無秩序に繁茂するだけのように見えた注釈文芸の研究にも道がつき、中世の一面を展望できる位置が示されたことに感慨を覚えました。そして、和歌の持つ可能性の大きさを再認識し、軍記物語と和歌の関係をも改めて考えてみたい気になりました。