中川博夫さんの『中世和歌論ー歌学と表現と歌人』(勉誠出版 2020)を読みました。全494頁、序論・歌学論・表現論・京極派和歌各論・歌人論の5部構成になっており、中世和歌の史的展開を描き出すべく、20本の論考が並べられています。平成4年から31年まで、つまり平成の和歌研究の一角を代表する大著と言ってもいいでしょう。
門外の私が隅々まで読解できたかどうか分かりませんが、序論第1章「中古「本歌取」言説史論」と、京極派和歌各論にまとめられた論考とが、本書の核を成すものだと思いました。和歌は本歌取りと、蓄積された歌語とにより、元来重層的な構造を持つ文芸であること、本歌取りは読者に理解されるか否かが生命線なので、読者との協同によって完成する手法であることが、どの論考の底部にも意識されています。
斬新といわれる京極派の歌風も、じつは『新古今集』から流れ出したものであり、『千載集』にその源があること、遡れば『後拾遺集』にも同じ志向があることなどの指摘は、門外の私にも腑に落ちるものでした。文学史を構想するにはこういう縦の探求が必須ですが、同時に横の広がりを見ることも必要で、『平家物語』が多くの享受者を獲得し、(恐らく)大きく変貌したと思われる時期が、新古今から京極派への変相の時期に重なると考えると、本書の辿る道筋は私にとって興味深いものでした。
京極派の特色を掴み出すのに、「特異句」という用語を使って作業をされた岩佐美代子さんのお仕事に触れたのは、もう40年近く前だったでしょうか。そうか、目に見えないものを論じるにはこういうやり方があるのかと、諸本論の操縦に悩んでいた私は膝を打つ思いがしたものでした。そのまま、殆ど進歩していない自分の仕事をほろ苦く振り返る、いい機会になりました。