中世和歌の情景

君嶋亜紀さんの『中世和歌の情景 新古今集と新葉集』(塙書房)を読みました。大著。南朝和歌関連年表、和歌索引とも全546頁。しかし大著たる所以は分量でなく、和歌文学論でありつつ一時代の歴史を語り、政治と人間の関係を照らし出していることです。序章「新古今集と新葉集」と終章「中世和歌史上の『新葉集』」との間を、「新古今とそれ以後」「南朝和歌」の2篇に分け、前篇はⅠ桜花の表象 Ⅱ本歌取りの諸相 Ⅲ歌ことばの水脈 という構成で、新古今集の表現とそれを継承する流れを辿り、後篇は新葉集の表現を中心に追究して、宗良親王とその周辺の存念を描出する10章で構成しています。

私は第二篇に注目して読んだのですが、表現の具体例(特に中世歌語)を取り上げ、その沿革と個別の含意を掘り下げていく過程を通して、作者・撰者・編者の心情を明らかにする、という姿勢は全巻に一貫しています。勅撰集(新葉集も南朝の勅撰集として扱っている)の構成や撰歌基準には政治的意味合いがあり、それによって撰者の主張が打ち出される、という観点も一貫しています。先行研究への関わり方がすがすがしい。

和歌には、題材にも表現にも伝統的な枠組みがあり、膨大な作例があり(DBが容易に検索できるようになっている)、それゆえに却って標準からはみ出す部分、つまり作者や撰者の意図が明確になる。これは散文作品の場合とは違う点で、羨ましい気もしますが、安直に羨望してはいられません。表現と構想を核に据えて歴史文学を論じ得る方法を、軍記物語でも独自に確立しなくては。激励されたような思いでした。

終章(p493)に、新葉集は公家文化の直面していた危機的状況を体現しており、その分析を通じて、新古今時代に開拓された和歌表現の普遍性と一回性とが照射できるという意味のことを述べています。太平記、いや軍記物語研究者にはぜひ一読をお奨め。