義経伝説と為朝伝説

原田信男さんの『義経伝説と為朝伝説―日本史の北と南―』(岩波新書 2017)を読みました。ツンドクの山を崩して読んだのですが、オキナワや北方領土交渉等、問題続出のこの頃、思い当たることが多く、アイヌに対しても琉球に対しても、中央政府のやってきたことは永く、本質的に変わっていないと痛感しました。

義経が奥州で自害せず、蝦夷へ、さらにはモンゴルへ渡ったという伝説、また保元の乱で大暴れして敗れ、『保元物語』では伊豆大島(近世には八丈島とも)へ流されて、後日追討されたと語られている源為朝が、九州から琉球へ渡り、王祖となったという伝説について、本書は日本列島の古代から明治まで、開拓と通商の変遷を通観しながら、それに絡めて伝説の変貌と受容を考察していきます。著者の専門は生活文化史だそうで、話題が広く、そもそも時間的にも空間的にも壮大な展望の下に繰り広げられる考察は、私にとって必ずしも読みやすくはありませんでしたが、目的とした軍記物語的視点のみならず、さまざまな問題を考えさせられました。

義経伝説と為朝伝説は、日本の国家領域拡大に伴って北と南へ広がり、変容しつつ定着していったが、同時に日本的価値観も移植され、殊に近代の皇民化政策が「外地」だった北海道と沖縄で、農耕と日本語教育を強力に推し進めた結果、米作文化と和歌文化がその核になった、と著者は言います。

義経伝説に関連しては『御曹司島渡』という室町小説が、為朝伝説には半井本や流布本の『保元物語』末尾に一連の離島征伐記事がある。義経の方は虚構だということが分かっていますが、古態本『保元物語』については、どう考えたらいいのかなあ、と謎は大きくなってしまいました。なお金刀比羅本に「こんぴらぼん」というルビが振ってあって、仰天。岩波の校正伝説は過去のものとなったようです。