保元物語の為朝後日譚

説話文学会大会2日目、私は阿部亮太さんの発表「『保元物語源為朝像の再検討ーその二面性と鬼島渡り記事の成立背景ー」だけをオンラインで視聴しました。50名前後のオンライン参加者があったようなので、来場者も加えれば、朝1としてはまずまずの出足でしょうか。何故か発表者のマイクだけ音声が割れ、文頭や語尾しか聞き取れない(マスクしたままマイクの真上から話したからか?)。幸い、一昨日発表資料をダウンロードしておいたので、それを見ながら聞きました。

保元物語では源為朝の活躍が一際、目を惹きます。その造型については、物語内で相反する二面性があり、殊に古態本と流布本とに共通する、巻末の後日譚ー保元の乱終了後、逮捕され、伊豆に島流しになった為朝が離島を幾つも征服し、到頭追討される記事群は、御伽草子の『御曹司島渡』にも似た荒唐無稽な雰囲気を持ち、歴史物語としての本編からは浮いた感があるため論議を呼んできました。阿部さんの発表は、説話や史料をもとにこの記事群の成立背景を推測し、その意図を論じようとしたもの。率直に言って、断片的な材料を寄せ集めて、出た結論は平凡だなと感じましたが、フロアからの質疑応答で少しずつ、欠けている視点が補足され、説話文学会で発表したことは有意義だったと思いました。殊に中根千絵さんからの指摘、悪行機縁の説話との関連を考える必要があるという点は重要です。

平治物語もやはり、古態本と流布本に共通する源氏後日譚があり、本来、保元物語平治物語は対で成立したわけではないのに、何故そうなっているのか、という視点も今後重要になるだろうと思います。古態本を、作品の始発という目だけでなく、諸本の変容の大きな流れを把捉できる視野で見る必要がある、ということです。