軍記と史学

関幸彦編『軍記ハ史学ニ益アリー軍記と史学の関係を探る』(教育評論社)を読みました。推察するに、関さんの定年記念に関係者が集まって捧げた論集かなと思いましたが、そういう説明はありません。書名はかの有名な久米邦武の「太平記ハ史学ニ益ナシ」を逆転させたもの、そういう意図で編まれています。そのこと自体、私はちょっと複雑な気持ちになるのですがー近年、史学の方からも文学を史料として扱おうとし、軍記研究者は史学に追随する傾向があるのを苦々しく思っているので、今さら文学作品が史料として役に立つとか立たないとか、同じ枠内で論じてどうするんだ、と。

しかし本書には指向や水準の異なる21篇の文章が集められ、いっそ書名の主張を忘れて読めば、それぞれに面白い。2部構成(Ⅰ『平家物語』と『太平記』の世界を探る Ⅱ軍記を拡げる)になっていますが、川合康「平資盛・貞能主従と『平家物語』」、伊藤一美「大庭景親と大庭景義の歴史的選択」、平藤幸「国語教科書の軍記由来良妻譚」、稲川裕己「その後の親平家公卿たち」、前田雅之「『本朝通鑑』と軍記」などを私は興味深く読みました。太平記の城館や平家物語義経記に描かれた鐘、刀剣制作について書かれた文章も、学術論文の枠を離れて自由な眼で見て有意義でした。

Ⅱ部の将門記や承久記、応仁記、結城合戦状などについての論文は、軍記物語講座(花鳥社 2020)以来、なかなかまとまって出る機会がない分野なので嬉しい気がしました。恐縮ですが永井晋さんの「『平家物語』」には当惑しています。平家物語研究は有名ジャーナリズムのはやす「ストーリー」をつぎはぎしても、正直な研究結果へは繋がりません。それは私たちの甲斐性のなさ故かもしれませんが、真実は作品そのものと地道な学術論文とから、虚心坦懐に見抜いて頂くしかないことです。