古活字探偵7

高木浩明さんの連載「古活字探偵事件帖」7(「日本古書通信」7月号)を読みました。「異植字版とは何者か?2」と題し、前号に引き続き、同じ作品を同一活字を用いて組み直した版について、述べています。今号で例に挙げたのは、ある1面(1丁の片面)だけ組み替えた場合で、例えば平家物語下村本では、巻8の巻首丁に章段名が落ちている本と補訂された本とがあり、1面の終わりまでに字詰めを調整して以下の丁に揃えているという。本誌表紙掲載の嵯峨本徒然草(異植字版)の写真が美しい。

冒頭、異植字版とは、全丁に亘って組み替えがなされていなければならない、と言っていますが、すると同版の一部の丁が異植字版に差し替えられている場合は、除かれるのでしょうね。調査の現場では判別がややこしい。岡雅彦さん執筆の『日本古典籍書誌学辞典』(岩波書店 1999)の「異植字版」の項には、「同一種類の活字を用いて同一内容の書物を印刷した」との定義があり、古活字版は「組みの回数だけ異植字版ができる」と端的に説明しています。

現実に組みの現場では、一部訂正のため問題のある丁だけ組み直すことはあり得たのではないでしょうか。活字版と整版との丁が混在する、いわゆる「乱版」(みだればん)については諸説が対立していますが、異植字版についても個々の例を検討すると、問題が出てきそうです。ちなみに平家物語の章段名は殆どが後人が立てたもので、成立当初の意図などを表わしてはおらず、必ずしも内容を的確に要約してはいません。

本誌には石川透さん連載の「奈良絵本・絵巻の研究と収集」46も載っており、そろそろ居初つなの伝記をまとめて欲しい。田坂憲二さんの連載「吉井勇の読書生活ー太宰治を読む・下」では、歌人吉井勇の同時代作家への批評眼に興味を惹かれました。

追記:午後、高木さんから補足メールが来ていました。

【全丁の活字の一つ一つを、きちんと比較して調べたものは、嵯峨本の『伊勢物語』しかなく、他は、同一の活字かどうか証明がなされないまま、「異植字版」という用語が一人歩きしています。同一活字を用いた「異植字版」なら、同じ時期に同じ工房で刊行された本と言えますが、活字が異なる「異版(別版)」なら、時期も工房も異なることになります。今のところ、確実に「異植字版」と言えるのは、嵯峨本の『伊勢物語』だけで、後はほぼ「別版(異版)」だろうというのが、私の見通しです。】