源頼政と平家物語

栃木孝惟さんの『源頼政と『平家物語』ー埋もれ木の花咲かずー』(吉川弘文館)を読みました。定年後の市民講座の講義録をもとにしたそうで、急がず対象を周回して行く栃木さんの文章を読み通すには覚悟が要るかなと思って読み始めたのですが、分かりやすく、読みやすくて、しかも目から鱗の落ちる箇所が幾つもありました。あとがきによれば、「遅れてきた読者」である現代人がどうやって古典の面白さに辿り着くか、転換期の歴史の風景を日本文学研究の手法によって開示することに心を砕いた、とあります。

全260頁、序・何故、頼政か 1源頼政の系譜と物語世界 2実在の人物としての頼政を辿る 3平氏討滅の挙兵(Ⅰ) 4平氏討滅の挙兵(Ⅱ) 5謀叛の発覚と官軍の追討 6三井寺離脱から高倉宮・頼政の最期 という構成になっていますが、圧巻は3・4でしょう。保元物語が専門の栃木さんは、以仁王頼政の周辺、2人の置かれた境遇と挙兵に至るまでの状況を、政治権力のバランスと揺れ、それに絡む貴族社会の人脈を冷静に描き出しながら語っていきます。同じ史料を使いながら、従来の研究書とはまた別の説得性が起ち上がってくるのです。平家研究者のみならず、一読をお奨めします。

史料は読み下し、物語本文には現代語訳や語釈が付されていて親切ですが、時折、おや、と思う箇所もなくはない。p68「さしおく」はきっぱり手渡すのではなく、そっと置いておく意。落とし文に近いアピールでしょう。頼政の人脈については、歌壇関係からの照射がもっとあってもよかったのでは。p242の餞は、語源からは「鼻向け」。書名の副題は些か残念で、私なら「埋もれ木の花は」で留めます。頼政が敗れたからこそ、武士政権の時代が到来したのですから。

読みながら、読み了えてさらに、私も書きたい、との気持ちが猛然と沸き起こりました。