都鄙大乱

高橋昌明さんの『都鄙大乱―「源平合戦」の真実』(岩波書店 2021)を取り寄せて読みました。治承4年(1180)から元暦2年(1185)まで、いわゆる治承寿永の内乱、または源平合戦と呼ばれてきた時代を、現在の中世史研究の成果を踏まえて描こうとした本です。書名は当時の官宣旨に見える語だそうで、源平両氏の権力争いという見方を避けて、全国各地、各勢力が絡み合い、激しく揺れ動く社会を描く意図を籠めたそうです。

序文によれば、石母田正氏の研究に導かれながらその不足を乗り越えたい、との野望も秘められているようで、史学の方で今これが書かれるのなら、文学の方はどうなんだ、と座り直しました。従来、この時代を描く際には吾妻鏡平家物語に依るところが大きかったが、両者の性格を知った上で史料として応用するのが正しいことを述べており、都合のいい部分をつまみ読みしがちな他分野研究への自戒と見受けました。

鳥羽院政期(1129~56年)の御願寺増加に伴う荘園の変化と地方負担増、及び治承3年(1179)のクーデタで平家が政治の矛盾を一手に抱え込んでしまったことが、この内乱の原因と性格を決定した、という見通しだとのことで、なるほど中世史研究の基盤である土地支配の問題もみっちり扱い、自然災害や公武の人脈などの諸要素が、偶然必然こもごも事態の変化を呼び出していく過程を、漏らさず取り上げようとしています。

不審箇所に付箋を貼りながら読みました。軍記物語は極めて象徴的に、人物や事件を取捨選択して時代の流れを構成していますが、これだけ膨大な人々の動き、関係、遺恨があったのだ、と改めて物語の背景を思い、作者説の一新を夢みました。編集者の注文によるのか、用語は噛み砕き、史料は分かりやすく開いて書かれています(百練抄の表記が不統一なのは何故?)。重くなく、定価もほどほどで出せたのはこの版元の強みでしょうか。