佐々木孝浩・佐藤道生・高田信敬・中川博夫編『古典文学研究の対象と方法』(花鳥社)という論文集が出ました。察するところ鶴見大学文学部創設60周年記念と中川さんの定年記念とを兼ねた企画かと思われ、38人の論文を収めた920頁(重さ1.5kg)の論集です。本のことー書物・伝本・断簡ー、和歌と歌学、物語・随筆・説話、漢詩と漢学、連歌と俳諧、近世の雅俗、という部類が設けられていますが、いずれも文献を扱う立場に拠っており、相互乗り入れが可能な、緩い枠組みでしょう。
どれも力作で有益ですが、まず平藤幸さんの「『平家物語』伝貞敦親王筆切ー紹介と考察」を読みました。平家物語八坂系一類B種本の断簡で、維盛と重衡の末路を語る巻10のみが残っている15葉の中、5葉について翻字し考察を加えています。16世紀頃の写と思われ、八坂系1類B種の写本よりも漢字表記が多くなっており、寧ろ写本が何故仮名表記寄りなのかを考えねばならないのかもしれません。小秋元段さんの「活字から見た嵯峨本」や佐々木孝浩さんの「勅撰和歌集と巻子装 続稿」も有益でした。
中川博夫さんの「久明親王の和歌」は、鎌倉八代将軍久明親王の現存作品30首について、その詠風はなだらかで平穏で、冷泉為相と二条為世に師事しながらも京極風のところもあり、14歳から33歳まで暮らした関東で育まれたものと考えられ、当時の関東の和歌的環境が決して低水準ではなかったことが分かる、と述べています。
舘野文昭さんの「「冷泉家流伊勢物語古注」はいかなる意味で「冷泉家流」か」と佐藤道生さんの王朝漢語の源泉ー句題詩の世界-」(山田尚子さんの論文も関連分野)が面白く、有意義でした。前者には、いわゆる注釈文芸研究のファジー性をどう扱っていくか、後者では日本で編み出された作詩ルールは何に基づくのだろう、と考えさせられました。