保元物語平治物語古活字版

阿部亮太さんの論文「『保元物語』『平治物語』に見る古活字版刊行事業の一端ー第一種と第十一種を中心にー」(「国文学研究資料館紀要」文学研究篇50)を読みました。保元平治物語の古活字版の中、川瀬一馬氏の分類によって慶長年間の平仮名10行本(第一種)と元和4年刊片仮名11行(第十一種)とを取り上げ、刊行作業の経緯を推定した論文です。ああ印刷の話か、と思う勿れ。版面を注意深く観察し、印刷工の作業を推測し、その背景を想像する過程は、極上の推理小説を読むよりスリリングで、面白い。国文学研究資料館のレポジトリでも読めるそうで、一読をお奨め。

近世も半ば以降の整版本では保元平治物語は一揃いとして出版されますが、最初に出された慶長古活字版も(元和古活字版も)、欠損のある同じ活字を使用しているところから、すでに一揃いとして出版されたと、阿部さんは判断しました。また活字の差し替えによる誤字訂正、字母の同じ活字が並ばないよう差し替える例もあり、同じ第一種の中でも伝本ごとに異同が見られ、手作業によって製作される古活字版は限りなく写本に近いという。何らかの理由で挿入された補写丁の筆者が版下筆者と同一である可能性も指摘しました。製本されるまで、差し替えの行われた刷りもそれ以前の刷りも区別せずに積まれていたらしく、伝本ごとに先後関係を判定することはできない、としています。

ごく初期の保元物語平治物語の古活字版が平仮名交じりで、後期になると片仮名交じりになるのは何故なのか、私も気になっていました。阿部さんは片仮名の方が校閲回数が少なくて済み、低コスト化の一環だったのでは、と言うのですが、私は当時の読者にとって保元平治物語は、史書である前に「物語」だったのであり、平家物語源平盛衰記の刊行につれて史書志向が高まったのかなと考えていました。