流布本で読む

雑誌「武蔵野文学」67号の特集「流布本で読む軍記物語」(12月 小井土守敏編)を読みました。ここ30年近く、古態本追求一色の観がある軍記物語研究に一石を投じた、とでも言える1冊。8本の論文(将門記・保元平治物語平家物語曽我物語義経記太平記・近世芸能)が載っていますが、私が一番面白く読んだのは、久保勇さんの「『将門記』の流布をめぐって」(以下、副題は略す)でした。

将門記』は軍記物語研究では初期軍記に分類され、史学からは、東国史・武士の歴史の貴重な資料として注目されてきましたが、現存本文は巻頭を欠き、成立時期は確定していません。出版時期もあまり早くはなく、書物として広く流布したかどうかは疑問です。しかし平家物語を始めとする中世の歴史叙述には将門の乱がしばしば言及され、近世・近代に至るまで、芸能・絵画や在地伝承を通してよく知られて来ました。久保さんはその写本・版本が作られ、校訂された人的環境を掘り起こし、手際よく説明しています。

浜畑圭吾さん「城一本『平家物語』の王莽説話」は、珍しく城一本を取り上げています。この本は、一方系覚一本と八坂系の合体を狙って出版したような本で、古活字版ながら現存本が極めて少なく、そういう出版事情にポイントがありそうです。北村昌幸さん「武士を論じる『太平記』」は、古活字版の底本となった梵舜本を取り上げ、「戦乱を描いているにもかかわらず「太平」の名を冠する本作品」にとって、結果的にあるべき姿に落ち着いたのかも、と結んでいます。岩城賢太郎さん「蒲田正清夫婦の最期を伝えた中世・近世の文芸」は、面白い題材なのに紙数が足りないせいか、行替えがなくて読むのに苦しい。400字×15枚で8本並べるより、25枚で6本並べて欲しかった気もします。

軍記物語講座(花鳥社)第1巻の『将門記』は、佐倉由泰さんの表現論。本誌とは異なった視点から、軍記物語を展望できます。