古活字探偵4

日本古書通信」連載中の高木浩明さんの「古活字探偵事件帖4」が出ました。今回は「見た目にだまされるな!」と題して、要法寺版の沙石集2種について書いています。

京都の寺町にあった日蓮本宗の本山要法寺では、近世初期、仏書を始め史書、軍記、思想書など多様な書物を版行していたらしく、その中に沙石集の古活字版2種があり(さらに慶長15年にも刊行された)、その中の慶長10年刊記のある版は四周双辺、版心は花口魚尾の平仮名交じり10行で、もう1種は無刊記、無辺、版心には書名・巻次・丁付があるだけです。一見、異版のように見えますが、欠損活字を見比べると、巻2から巻5の前半までを別として同版であることが判ったのだそうです。しかも巻5下18丁の版心は花口魚尾の柱になっているという。つまり、どういう理由だったか分かりませんが、同時進行で2種の古活字版が準備されていたのだと、高木さんは推測しています。

古活字版は植字台の上で組版をし、必要な枚数を摺った後解版して、同じ活字を再び使って次の丁を組む、という作業を繰り返すので、同じ活字を同じ箇所に使った全く同じ版を作ることはできない、巻5下18丁は匡郭は抜いたが版心を取り替える作業を落としてしまったものだろう、というのです。

職人の小さな失敗が、後代の研究者たちに思いがけぬ手がかりを与えてくれたわけですが、何故、こんな手間をかけて2種の沙石集を刊行したのか、新たな疑問が湧いてきます。要法寺という場については、高木さんの『中近世移行期の文化と古活字版』(勉誠出版 2020)、小秋元段さんの『増補太平記と古活字版の時代』(新典社 2018)に詳しい。日蓮宗は仏書以外の書物の書写や印刷に関わることが少なくなかったようで、仏教寺院が日本文化史に果たした役割は、かなりひろく考える必要がありそうです。