オルゴール

何かのついでに読んだ記録から、自分の半生で経験したことの意味や位置づけが判って、ああそうだったのか!という感慨を味わうことが、屡々あるようになりました。先日も、1967年朝日新聞掲載の「サザエさん」に、「美しく青きドナウ」のメロディを鳴らすオルゴールを買う話があることから、日本でのオルゴールの普及について触れた記事を読み、幼年時代を回顧しました。

記事によれば、日本のオルゴール生産台数が世界一となったのは、1960年代から70年代にかけてのことだったそうです。オルゴールは18世紀終わり頃にスイスで製品化され、19~20世紀初めには複雑な演奏が可能な、大型の物も作られるようになったとのこと。日本各地にオルゴールの博物館があり、ほんとにこれでも歯車と鍵盤だけ?と言いたくなるような、高級品が保存されています。

日本では三協精機が1948年に試作品を完成、50年に始まった朝鮮戦争のために来日した米兵たちが、箱根細工の箱に仕掛けられたオルゴールを帰国土産にしたので爆発的に売れ、90年代前半には年間9千万台を生産、世界市場の9割を占めたという。子供の頃寝たきりだった私の枕元にも、箱根細工のオルゴールがありました。小さな物は「アマリリス」、中型の物は「エリーゼのために」を奏でたと記憶しています。

成長の速い時期に与えられた単調なオルゴールには、すぐ飽きましたが、数えてみると1948年から53年頃のこと。周囲の大人たちは、寝たきりの子供に贈る物を一所懸命探してくれたのだと、今頃になって理解しました。

記事の最後に、現代では、卒業記念に自作のオルゴールを組み立てる小学校が多いとあって、なるほどと思いました。私たちの小学校の卒業記念は、はて、何だったっけ。