フジコ・ヘミング

昨夜、NHKETV特集で「フジコ あるピアニストの軌跡」を視ました。1999年2月11日放映番組の再放映、先月亡くなったフジコ・ヘミングの追悼番組です。

彼女は、いちどは聴きに行きたい演奏家でしたが、私も地方勤務や家族の看取りが続くうちに次第にコンサートや観劇が億劫になり、いつしか諦めてしまっていました。ちょっと変わったファッションで舞台に立つ姿に、いささか引く気持ちもありました。

彼女は1932年生まれ、番組撮影の頃は60代だったはず。スウェーデン人の建築家と岡山出身のピアノ教師との間に生まれて、幼時から才能を認められたものの、さきの大戦の影響もあり、難民として欧州で暮らした間は極貧生活も経験した、子供時代から右耳は聞こえず、極貧の中で一時は左耳の聴覚も失い、現在でも40%しか聞こえない、と言っていました。帰国後の住居内には、母親から受け継いだり、自分が蒐集したらしい古い家具や装飾品が溢れ、その中で見ると奇抜なファッションもしっくり来るのです。ファンタジックな絵を描いたり、猫を何匹も飼ったり、朝食はキッチンで立ったままスープを飲むだけ、という自由気儘な老婆の暮らしに見えましたが、ピアノに向かって紡ぎ出す音には忽ち惹きつけられました。

番組で流れた曲はリストの「ハンガリー狂詩曲」「溜息」、ショパンの「夜想曲」、ベートーヴェンの「月光」、そして「ラ・カンパネラ」でした。まるでタラコのように不格好な指から流れ出てくる音の温かさ。良質のホームメイド、という感想でした。小品だからかとか、NHKの音声の技術がよすぎるんじゃないかとか、いろいろ意地悪な留保をつけて聴きながら、特にラ・カンパネラはつい先月、辻井伸行の演奏も聴きましたし、子供の頃SPで繰り返し聴いていたのに、終部に駆け上がる部分では思わず涙ぐんでいました。