物語の発生から顕現へ

竹内正彦さんの①『源氏物語の顕現』(2022 武蔵野書院)を読んでいます。全530頁の大著、1990年から2021年までの論文21篇が収められていますが、92年から07年までが脱けているのは②『源氏物語発生史論―明石一族物語の地平ー』(2015 新典社)にまとめたからです。「発生史」「顕現」という、やや重い書名が、竹内さんのめざすところを言うのに置き換えがたい語だということは、読んでいく内に判ってきます。

①はⅠ「若きいろごのみの蹉跌」で夕顔物語を、Ⅱ「仮構される聖代」で儀礼に注目して栄華への道を昇る光源氏を、Ⅲ「苦悩する巨人」でいわゆる第2部を、Ⅳ「情念のゆくえ」で柏木事件を、Ⅴ「終わりゆく世界」で物語の終末を論じますが、方法はいずれも自らの読みを出発点に、民俗学的方法をも援用して物語の表現を分析、それが読者に何を呼び起こすかを論じます。読者論を意識した表現論、といえばいいでしょうか。

私には①17「扇をさし隠す夕霧」、②16「近江君の賽の目」が面白かった。久しぶりに源氏物語論を読んだので、軍記物語や和歌の研究とは違った、この分野独特の文体があるなあ、と思ったのですが、偶々「國學院雑誌」1395号に沼尻利通さんが①の書評を遠慮会釈なく書いていて、「いささか筆が立ちすぎる」と評しています。しかし読みを出発点とする以上、自分の読みを示しておく必要がある。竹内さんは③『2時間でおさらいできる源氏物語』(2017 大和文庫)という本も出していて、54帖をコンパクトに解説しているのですが、この本が侮れない。通説だけでなく竹内さんの視点をきちんと打ち出しており、①②の論の足場を示しています。お奨め。

源氏物語は毎年厖大な研究、論説が出て、もはやビッグビジネスの本城ですが、作者紫式部は、いったいどういう心算で構想を立てたのだろう、と、ふと立ち止まります。