駆武者

原田敦史さんの「『平家物語』の駆武者」(「日本文学研究ジャーナル」11号)を読みました。川合康さん以来の反「平家物語史観」論(最近流行の「◯◯史観」は、粗暴な用語です)に対し、作品本来の「読み」を足場に、反撃しています。覚一本の「駆武者」は、たしかに逃亡し去った場面が描かれることが多いが、それは平家の敗因を言いたいのではなく、主要な人物が孤り残されて、さてどうふるまうかをクローズアップするためだった、というのです。本誌の特集巻頭言にも応え、平家物語研究の現在に正面から挑み、文学(研究)がやるべきことは何かを明示した好論文だと言えましょう。

さて本誌は、「軍記物語研究の現在」と題する特集です。巻頭言は兵藤裕己さん「中世歴史学と「物語」史観について」。歴史学との連携は大いに有益だが、彼等の新説に従属する必要はない、そう言いながらもやはり、風下に立っているように見えます。次いで近世以来の軍記物語研究史と、平家物語研究の手引きがありますが、事典的記述(どうしても旧態依存になる)で、生粋の作品論や表現論は取り上げられていません。

文学が文学である所以の多くは、表現方法にある、と思います。歴史事実の何が書かれているかだけに注目していたのでは、軍記物語の面白さは語れません。もっと表現や場面構成や、物語の伏線について論じ合うべきです。研究史で面白かったのは小秋元段さんの「『太平記』研究はこの20年、何を明らかにしたか」と、佐倉由泰さんの「「初期軍記」の枠組みを超えて」でした。殊に佐倉さんが言う「初期軍記」という用語で作品を括ることの危うさには、大いに共感しました。

このさきは、軍記物語講座(全4巻。10月末刊行開始)に、すでにバトンが渡っています。さらに今後20年の、新しい軍記物語研究へ向かって。