岡崎義恵と谷崎源氏

大津直子さんの「『潤一郎訳 源氏物語』(旧訳)の特質―岡崎義恵「谷崎源氏論」からの一考察―」(「同志社女子大学学術研究年報」72)を読みました。大津さんは谷崎潤一郎の現代語訳源氏物語の昭和14年訳(旧訳)から、戦後の改訳(新訳)に至る過程をずっと追究してきましたが、旧訳に対して鋭い批評を加えた岡崎義恵の論が谷崎にいかに影響したか、主に批判の対象となった「流麗体」という谷崎の翻訳文体を中心に、大津さん自身の分析も加えて論じています。

私自身が最初に通読した源氏物語与謝野晶子訳でした。たしか中学生の時だったと思います。谷崎源氏の文体にはなじめませんでした。本論文に引かれている限りでも、岡崎義恵の批判は正鵠を射ていると思います。原文の嫋々たる雰囲気を真似ようとしているのが品がない、猫撫で声だー子供心にそう感じたのでした(高校入学後は、原文で読むのが当然と思っていたので、結局、現代語訳は与謝野源氏しか読んでいません)。

岡崎義恵の『日本文芸学』は確か親の書架にあったのを、学生時代に読み始めて挫折し、たぶん処分してしまったと思いますが、ちゃんと読んでおけばよかった、と反省しました。長い文章の中にところどころ短文を交える効果など、覚一本平家物語にも通じる文体の考察があって、散文文学の文芸的評価の基準が揺らいでいる今日、もっとはやく、着目すべき論点を認識することができたかもしれません。

ここには谷崎源氏を通して、思想統制と文学、古典と現代語訳、古典の大衆化の是非など重要な問題がいくつも提起されています。大津さんは「別稿を用意している」と何度も言っているので、それらの問題にもこれから踏み込んでいくことでしょう。健闘を祈ります。なお(注)10はもっと前、(6)と(7)の間に置くべきでしょう。