橋村勝明さんの『中世真名軍記の研究』(汲古書院 2022/11)を取り寄せて読みました。中世の軍記の中でも真名本(妙本寺本)曽我物語、平家物語、後期軍記を主として取り上げ、国語学の方から語彙、表記、訓読について考察、1998年から2021年にかけて書き継いだ論文が配列されています。私は曾我物語と平家物語に関心を持って読みましたが、おおよそ15世紀半ばから16世紀に焦点があるようでした。
軍記物語講座を編んだ時、真名本の問題を掘り下げることができず、悔いが残っていたのですが、やはり簡単にはいかない分野なのだと改めて思いました。一口に真名本と言っても、その性質、成立環境はいろいろです。本書でも「真名本軍記」の定義、各資料の特性の分析に難渋し、かなりの部分を棚上げしたまま考察を進めざるを得なかったようで、その分結論の輪郭が不鮮明になり、各資料の調査の段階に留まった感もなくはない。しかし開拓が待たれる分野への勇気ある1歩であることは確かです。
私は国語学の現在の水準から批評することはできませんが、用例の数の少なさが気になります。使用したテキストにむらのあることも気になります(長い年月に亘った作業だからでしょうが)。例えば百二十句本平家物語の場合、新潮古典集成の底本は平仮名本で、しかも一般読者向けの叢書ゆえ、やはり斯道文庫本を使うべきでしょう。各資料の書写の事情は大丈夫なのか。なお日ごろ校正が信用できる版元なのに、脱字などのミスは残念。
浮かび上がるのは、妙本寺本曾我物語・神道集・四部合戦状本平家物語の文体はやはり異色であること。それが東国の一時期の、限定された文化圏のものならば、畿内の、また異なる時期の後期軍記との相違に注目する作業は、文学の方からも必要です。そもそも何故真名書きにするのか。源平闘諍録や将門記の地方性の問題も残されています。