石川透さんの『奈良絵本・絵巻―中世末から近世前期の文華』(平凡社選書)を読みました。「日本古書通信」という業界紙に、2019/10~2022/2の間連載した「奈良絵本の研究と収集」をもとに加筆したので、専門家にも一般読者にも面白く、分かりやすいように書かれています。
前半には奈良絵本(同傾向の絵巻も含めて)とは何か、その制作に関わった人と年代を筆跡の共通性から推定してきた成果を述べ、後半は昔話や古典文学を題材にしたり、女性を主人公にした作品をいくつか取り上げて、その面白さを解説しています。「奈良絵本」は書籍の形態面からの呼称ですが、文学のジャンルの面からは御伽草子、中世小説、室町物語などと呼ばれる作品群に属し、成立・作者、美術史との関連など未解明の問題が多い分野でした。何よりも年代を確定できない点が扱いにくい理由でもありましたが、石川さんは詞書の筆跡から筆者を同定していく作業を重ね、そのうちに筆者・作者の固有名詞が判明する例が見つかり、この20年ほどで研究状況が大きく変わりました。
石川さんとは源平盛衰記の共同研究を一緒にやりましたが、その後の進展も含めてまとめられた前半部は、基本的な問題をすらりと見渡せる、初心者にも門外にも有益な読み物になっています。口絵の、居初つなの描いた鉢かづき姫の愛らしさには(奈良絵本としてはやや特異ではあるものの)、思わず惹きつけられます。
後半部で「百人一首」や歌仙絵も奈良絵本の系列であること、一枚物として作られたものも多いらしいことなどは、私もうすうす感じていたことだったので納得しました。但し本文変化が激しい現象を「成長」という語で呼ぶのはいかがか。軍記研究では、質的な進歩、量的な増加をイメージさせるからというので、用語としては使わなくなりました。