美濃国便り・ボタンクサギ篇

岐阜の中西達治さんが、俳誌「俳句界」8月号に書いた川治汎志句集『『樫』と『風土』』(文学の森)鑑賞のエッセイを送ってきました。川治汎志さんについて、私は初めて知ったのですが、1936年愛知県の生まれ。加藤かけいに師事し、山口誓子の「天狼」に投稿、中西さんとは同僚だった時期があるとのこと。「ピックアップ注目の句集」として、新刊の『『樫』と『風土』』が取り上げられたのです。

自選句「緑光のオーロラ顕てり神来る刻」「円空の旅の背に似る秋の墓」などを見ると、素人の私にはすこし言い過ぎる感がするのですが、自身は「自分の生きている存在感を刻むように詠み、書くこと」「森羅万象を自分の目でよく見、耳を澄ませてよく聴き、より深く感受して、句の中心に結実させること」を大事にしているそうです。

中西さんが抜き出した句を見ると、安保闘争の学生時代から晩年に至るまでの骨太な歩みが描き出され、同時代人としての敬意が漂うのが分かります。「葱煮たてカミュを読む黄の夕暮」「処女の葬しづかに栗の花匂ふ」「母となるか寒夜湯気たつ妻の肌」など、人一代の凹凸が五七五の世界に構築されていますが、その中で私は、「湯を蹴りて盥を蹴りて嬰の春」がいいなと思いました。

中西さんの手紙には、勝手に庭に生えてきたというボタンクサギの花の写真も添えられていました。繁殖力の強い低木だそうで、葉が臭いので目の敵にして抜くのだが退治しきれない、でも花は見事、とありました。そう言えば、どこかの家の垣に咲いているのを見かけ、紫陽花の変種かと思って眺めた記憶があります。中国原産、クマツヅラ科(シソ科に分類する説もある)。つまりランタナの仲間なんですね。ピンクの花手毬のようで、綺麗です。葉に触らずに、咲かせておいたらいいのでは。