川上知里さんの『今昔物語集攷ー生成・構造と史的圏域』(花鳥社)を読みました。2011年以来の論考に新稿3本を加えた全410頁、いずれも力作です。第1部『今昔物語集』の世界 と周辺の説話集を論じる第2部『今昔物語集』の史的圏域 とに分かれ、第1部は、1各説話冒頭部の意義 2非仏法部の形成 3恐怖表現の意義 4歴史叙述からの解放 5仏法と王法 6事実らしさへの執着 7・8結語にみる読者意識 という構成になっています。
本書の特徴は先行研究をふまえ、しかしその延長上に部分的な新見を付加するのでなく、本質的な問題を見据えて、自分自身で真っ向から取り組んでいく姿勢です。先行研究の堆積が部厚いこの分野で、ひるまず挑めば、こんなに新しい視点があるのだ、と痛快な気分になります。私は第1部の第1,2、7章を興味深く読みました。
常ならぬ出来事を描いて、しかし事実だと信じさせ、その背景や要因を他人事でなく思わせるー説話文学と軍記物語には、文学としての共通点が少なくありません。『今昔物語集』が何を狙って、どのような仕掛けをしたか、その中の何が失敗し、何が未完のままであるのか。例えば「編者の中の読者」と「執筆者」との対話、読む行為と書く行為との往還作用、といった仮説の立て方は、軍記物語論でも応用できるかも、と思いました。
第2部では1『世継物語』、2『拾遺往生伝』、3『言泉集』などの唱導資料、4『打聞集』、5金沢文庫本『仏教説話集』、6『長谷寺験記』を取り上げています。かつて唱導文芸と説話文学はほぼ同義語のように論じられた時期もありましたが、第3,5章は冷静に唱導資料のあり方を検討しています。
本書の装幀は若さがあって品がよく、ちょっと羨ましい気もしました。