回想的長門本平家物語研究史(1)

昭和41年(1966)、平家物語研究では富倉徳次郎、高橋貞一、佐々木八郎、渥美かをる氏らが大家で、歴史社会学派の石母田正、永積安明、むしゃこうじみのる氏らが新鮮な論陣を張っていた時代です。説話文学と軍記物語は、中世のイメージを一新し、文芸の誕生と民衆との関係を肯定的に想像させるジャンルとして注目されていました。

卒論の具体的なテーマを決めるのに参照したのは、渥美かをる氏の『平家物語の基礎的研究』(三省堂 1962)です。渥美氏のことや本書については本ブログで以前にも触れましたが、当時は古書としても入手出来ませんでした。その後復刊されましたが、私は今でも2倍の厚さのコピー本を使っています。平家物語のすべてに触れた観のある本書は、成立と作者、諸本と詞章展開、文芸的造型の3部構成ですが、中でもお世話になったのは、諸本系統論、諸本の性格、そして巻末の諸本記事対照表でした(研究書としては平曲の発生事情、灌頂巻成立論も重要です)。

本書では、長門本は延慶本から、ある時期に異なる唱導の場で取り上げられて傾向を変えて行ったとされ、平易な文体で庶民を対象としたであろうことが、頻りに指摘されています。当時、活字で読める長門本は、国書刊行会が明治39年(1906)に黒川真道・堀田璋左右・古内三千代校で出した翻刻のみで、例言によれば底本は「本会所蔵本」、それを黒川氏所蔵本・早稲田大学所蔵本で校訂し、原本(赤間国宝本)、畠山健氏所蔵本、川田剛氏所蔵本等を参照したとあるだけ、しかし誤植や傍書など本文への疑問点は少なくなく、そこからのスタートでした。

提出した卒論の核心は独自説話に注目し、管理者考を目指したもの、覚一本・延慶本・源平盛衰記と比較した内容対照表や説話一覧を付しました。