変奏する知の世界

森田貴之・小山順子・蔦清行編『日本人と中国故事―変奏する知の世界』( 勉誠出版 2018)という本が出ています。必要があって取り寄せたのですが、忙しさに紛れ、暫くツンドクのままでした。京大院生たちの『蒙求』輪読会をベースにした2016~18年度科研費「中世における漢故事のパラフレーズ」の成果を出版したのだそうです。

前近代中国の人物や場所、事物をめぐる逸話・伝説が時代を(時には国をも)超えて継承され、原典の本文から独立し、証明・教訓・比喩などに変貌していく態様をテーマとした21本の論考を、1歌われる(和歌・歌学)、2語られる(物語・説話)、3座を廻る(連歌俳諧・俳文)、4学ばれる(日本漢文・抄物・学問)、5拡大する(思想・芸能)という風に部類して収載しています。

関心のある題目を拾って読んだのですが、私には大谷雅夫「「春宵一刻値千金」の受容と変容」、黄一丁「亀の和歌に見られる「蓬莱仙境」・「盲亀浮木」などの故事について」、阿尾あすか「中世和歌における「子猷尋戴」故事の変容」、蔦清行「中世後期の漢故事と抄物」、堀川貴司「五山文学のなかの故事」、木田章義「日本人と中国故事」などが有益でした。源平盛衰記の注釈に当たって、その語彙や思想の背景、本文が形成されていく時代の文化などを考える視野が広がりました。

仕事以外でも、漢文の1節や詩が身近であることで、生活が豊かになることをしみじみ感じました。高校時代、漢文の授業は退屈で、あまり身を入れていませんでしたが、折に触れてひょいと漢文の名文句が思い浮かぶこと、『論語』や『史記』や唐詩が見知らぬ存在でないこと、短い諺の背後に、彼国の遠大な逸話を薄々ながらでも思い出すことの幸せを噛みしめながら、本書を読んだことです。