愚管抄古筆切

児島啓祐さんの論文「『愚管抄』の本文表記と装幀ー古筆切の検討を通じた中世の享受に関する一考察ー」(「國學院雑誌」8月号)を読みました。中世の文学、歴史、思想の研究に不可欠の資料である愚管抄を読むには、日本古典大系本によるのがここ半世紀の通例でしたが、児島さんはその底本、校訂のあり方の双方から問題があることを指摘してきました。諸伝本のみならず古筆切にも注目し、本文の変容を概観しようとして、本論文では鎌倉期の古筆切7点を取り上げ、主要な写本8種と対比し、文明本や彰考館本に近いと判定しました。

そして愚管抄の原態は現存本文と大きく相違するものではないが、表記は平仮名書きの方が古いであろう、中世後期から近世前期にかけての愚管抄読者は、平仮名片仮名混淆本文を読んでおり、近世中期以降に読者層に合わせて表記が改変され、漢字表記を増やし、片仮名書きに統一されていったらしいと言っています。本来愚管抄には注釈的な性格があって抄物に近いが、13世紀後半の『本朝書籍目録』には「雑抄」と分類され、漢文・漢字片仮名交じり表記の学問世界に近接する書物と位置づけられていたという。また古筆切が平仮名書きで、一部の料紙には界や罫があって、巻子装だった可能性もあるとの指摘は、長門切との関係で興味深いものでした。表記が転変したということは書籍の位置づけ、性格の認識が変化したということで、軍記物語の場合に共通する要素が多い。

本誌には久寿2年(1155)の藤原頼長による左大臣辞表の作成過程から頼長の深意を探る川村卓也さんの論文もあり、また日本語学でいう「強調」表現の内実に、もっと丁寧に関わるべきだとする菊地康人さんのコラムは、教育現場にも有益でしょう。本誌に関するお問い合わせは03-5466-4813(國學院大学文学部資料室)まで。