中世の語彙

安部清哉編『中世の語彙―武士と和漢混淆の時代―』(シリーズ<日本の語彙>3 朝倉書店 2020)を取り寄せて読みました。山本真吾さんの論文「『平家物語』の語彙」を読むためで、目次を見て大半は自分に関係ないと思ったのですが、読み始めたら、蒙を啓かれるだけでなく興味深く読める論文ばかりで、結局13篇全部を読んでしまいました。ほどよい長さで分かりやすく書かれていて、専門課程に進む前に読み、自分の卒論を書き終わってからもう一度読むと、さらに関心が広がるのではないかと思います。

1武士階層と和漢混淆の発展 2漢字・漢語の広がりと規範の変化 3口語世界の拡大 4外国人がとらえた日本語の近代語化 という4部構成になっており、1には平家物語太平記吾妻鏡、古今著聞集が、2には徒然草、古文書、倭玉篇、3には抄物、狂言集、御伽草子、4では天草版平家物語、日葡辞書、中国資料が取り上げられています。

1-1「『平家物語』の語彙」は、延慶本と長門本の差異や、平家物語(覚一本)では漢語が質量ともに高い割合を占め、和語・漢文訓読語・記録語が対立混淆しているところに特徴があるとしています。妥当な結論でしょうが、延慶本・長門本の使用テキストが明記されておらず、殊に長門本では語彙レベルで論じるなら伝本の違いは無視できません。1-3田中草大「『吾妻鏡』の語彙」は、変体漢文という枠組み内での規範性という性格を指摘し、2-6辛島美絵「古文書の語彙」は、古文書に見える漢語から中世社会の一面が窺えることを照射しました。読み本系平家を扱う私には、3の室町口語の考察が有益でしたし、4からは16世紀日本のダイナミズムが想像できて愉快でした。

各篇とも研究史を概説し、実例を採って数値による論証を展開、適度に参考文献も挙げてあり、編集の眼がよく行き届いていて、第一、重すぎない。一般読者にもお勧め。