教養としての文学史

村尾誠一さんの『教養としての日本古典文学史』(笠間書院 2022/11)という本が出ました。1冊(全370頁)で万葉集から明治までを展望する、重宝な本です。村尾さんは中世和歌が専門で、東京外国語大学に定年まで勤め、多くの外国人留学生と付き合ってきました。それゆえ本書は、書名に謳う通り、文系以外の一般教養や、海外から日本文化を知ろうとする人たちにとっては頼り甲斐もあり、読書としても楽しめ、教科書として使うにも相応しい本になっています。

13の章を立てていますが、7世紀から19世紀まで、西暦によって時代を分割したところ、各章に海外の動向の項を置いたところは上記の読者層設定に見合うものでしょう。平成9(1997)年8月に出た『編年体古典文学1300年史』(「国文学解釈と教材の研究」臨時増刊号)が、西暦の10年刻みで編まれ、「この期の世界文学」という囲みを設けたレイアウトで新鮮な衝撃を与えたことを思い出します。

各章の最後に「トピックス」として書かれた短文が本書の面目躍如というべきところで、近年の研究成果や言語表現の問題にも目配りしています。引用原文には現代語訳が付され、古典文学への敷居を低くしてあります。

かつて至文堂と學燈社からは、5巻、6巻という大部な日本文学史が出ていて、私たちはそれに拠って文学史を頭に入れてきました。しかし国文学の領域が拡大し、研究の精度は逆に狭く深くなり、総体的な文学史の編纂は不可能に近い、まして個人が全時代を展望するのは困難だと考えられるようになりました。本書も和歌関連の部分は安心して読めるのに対し、p117、将門記は正規の漢文体ではなく、p153の平家物語の説明には微妙な誤解があります。日本人の心の故郷、曽我物語義経記は取り上げられていません。