軍記と語り物56

軍記・語り物研究会の機関誌「軍記と語り物」56号が出ました。前号は大会講演録2本だけだったのに対し、今号は昨夏の大会の研究発表4本が載っていて、機関誌の任務を果たしています。大会シンポジウム報告は「紀南の海と中世の戦乱ー熊野水軍と安宅氏・小山氏ー」として、坂本亮太・呉座勇一・佐藤純一・田口寛の4氏が執筆しています。

昨夏、紀伊田辺で開催された大会には、私は研究発表だけ参加したので、シンポジウム報告を新鮮な目で読みましたが、呉座さんの「中世熊野と戦乱」が分かりやすく、有益でした。熊野別当の史料初出は長保2年(1000)、以仁王の乱では熊野三山は意思統一できず、一旦は平氏政権に抑え込まれたものの、養和元年(1181)9月には明確に源氏に加担しており(『玉葉』)、『平家物語』のいうように闘鶏によって決心したのではあるまいとのこと。そのほか『太平記』記事の吟味、南北朝応仁の乱当時の熊野水軍にも触れ、中世を通じて熊野は反逆者のゆりかごであったと述べています。

田口寛さんは、『安宅一乱記』という、享禄期の安宅家の内紛を描く軍記を取り上げ、江戸時代初期に成立した史料性の高い作品とされてきたが近年、江戸末期の地域独自の文学的創作とする説が出されていることを検討しています。16世紀半ばの実録であるかのように見せかけた、天保11年(1840)以降の「実録」物、読み本で、こういう作品は幾つも作られているらしいという話は、山本洋さんの研究論文「戦国軍記の類型化に関する一考察ー計量テキストを用いたアプローチー」と共に、後期軍記を勉強し始めた(『乱世を語りつぐ』編集のために)私には、興味深いものでした。

研究展望2本(塩山貴奈・大坪亮介)は労作ですが、『太平記』が8年に1回、というのは酷いと思います。書名・論文名を羅列するだけに終わってしまう。編集部要一考。