軍記物談話会抄史(1)

昭和41年の秋、帰宅した私はマンションの受付で呼び止められ、私立探偵が素行調査に来ましたよ、と告げられました。採用内定していた会社が調べさせたらしい(当時、銀行以外でも内定者の素行調査はよくあることだった)。要紹介で受験したのですが、それでも尾行もしたようでした。ぎょっとしました。何故ならその前の日曜日、新宿の無窮会文庫で、軍記物談話会の例会に参加していたからです。その頃、無窮会文庫はいわゆる「接待を伴う飲食街」のただ中にあり、最後まで尾行してくれていればいいが、もし歓楽街の入り口で止めていたらどうなる?幸い、4月には無事に入社式を迎えました。

私が在籍した学部には、当時、中世の教官はおらず、大学院もなく、卒論指導はないも同然でしたが、安村(旧姓中西)美智子さんのように、卒論で学界に一石を投じた先輩もいました。俳諧が専門の指導教授から、軍記物談話会という研究会があるから連れて行って貰いなさいと言われ、『太平記』を専門とする8歳年長の先輩について行ったのです。

当時の会員は30名くらいだったでしょうか、世話役の加美宏さんの自宅を事務局としていました。学部生の私にも、今年の機関誌のテーマは、富倉徳次郎『平家物語研究』合評だから、何か考えることがあったら書いてみて下さい、と言われて吃驚しました。

この会は、梶原正昭、山下宏明、水原一、長谷川端、杉本圭三郎、加美宏さんたち11名が昭和36年5月に、研究会を作ろうと集まったのが始まりです。戦後の新しい軍記物語研究が盛んになる中、長老・大御所に声をかけるかどうかも相談したようですが、自由な議論の場を確保するためにわざと若手(みんな30代だった)だけにしたそうです。説話文学と軍記物語が、新時代を象徴する研究分野として光輝を放っていた時代です。昭和39年に、機関誌「軍記と語り物」第1号(2004年複刊あり)が出ました。