カルデラの裾野

雑誌「軍記と語り物」55号が届きました。今号が掲載するのは大会講演と研究展望と、会の事業報告及び軍記物文献目録だけです。例会発表要旨には力作もあるのに、どうして投稿論文が載っていないのでしょうか。淋しい。大会講演の松薗斉さん「13世紀の知識人をめぐって」と上横手雅敬さんの「「たけき者」の群像」は実際に聴いたので、まず研究展望から読みました。大橋直義さんの平家物語(2016/10~17/9)と渡瀬淳子さんの曽我物語(2008/10~17/9)の2本です。

大橋さんは冒頭に、自分が「そもそも最初から平家物語研究者であったのかどうか」不明だが、大づかみな軍記物語研究の動向把握が求められているなら、と断っています。これは謙遜ではなく、平家物語研究の、未だ見えない将来への見通しや、そのために必要な提言はここでは得られません。一見賑やかにみえる隣接諸学、及びそれと交わる研究者たちの関心の拡がりを知ることができ、現状をよく照らし出している点で有益です。

最初に故三角洋一さんの『中世文学の達成』(2017 若草書房)の和漢混淆文成立に関する論考を取り上げているのは慧眼でしょう。三角さんは、けっきょく平家物語の文体については書かずに亡くなりましたが、軍記物語の文体について、覚一本だけでなくいわゆる真字本、変体漢文の分野をも含む、書写の実態にも即した新しい研究が出てくることを、私は待望しています。

渡瀬さんの展望は、関連分野への十分な目配りと共に、曽我物語研究の芯が真っ直ぐ通っている、すぐれたものです。裾野の拡がりは重要ですが、肝心の山を目視せず、登ってみたらカルデラ湖があるのを知らなかった、ではつまりません。裾野トレッキングと本格登山は、べつの装備が必要です。