中世文学漫歩
A stroll through medieval Japanese literature

越前だより・静嘉堂訪書篇

今夏、訪書旅行で各地を飛び回っている大谷貞德さんから、世田谷区の静嘉堂文庫で長門本平家物語の調査を始めた、とのメールが来ました。

静嘉堂の敷地内

静嘉堂文庫は岩崎弥太郎・小弥太父子の山荘用地に1924年に建てられたので、緑地の中に埋もれるような木造洋館です。今でこそバスが通り、近くにマンションもできていますが、60年くらい前は二子玉川から山越えして行くところでした。和漢の貴重な古典籍を所蔵していて、私も若い頃、国書総目録編集のアルバイトや私自身の研究のために通いました。門前には清流が流れ、門口に春は枝垂桜が瓔珞のように咲き、夏はこの坂に山百合が咲き、藪蚊に襲われ、冬の閲覧室は芯から冷えました。

静嘉堂文庫

美術館も貴重な収蔵品が多く、曜変天目の茶碗は有名です。文庫の閲覧室に一旦入れば別天地のようで、終日古典籍と向き合っていると俗世を忘れました。かつては丸山季夫さんという有名な文庫番がおられて、国書総目録の仕事で大量の本を閲覧するためにやって来る私が門を入ってくる姿を見るとぞっとする、と言いながらも、時折、書誌に関する断片的な、貴重な話をしてくれました。

ここには長門本平家物語が4組も所蔵されています。いずれもさほど古くなく、民間で書写されたものだろうと私は見ていましたが、屋代弘賢など国学者の蔵書が多いことを考えると、大谷さんの今後の調査から何が分かってくるか、楽しみでもあります。本文のところどころに空白部分がある本もあったが、混ぜ漉きの紙は書きにくく、時々こういう書写状態の本はあるものだと分かった、とメールにありました。

本八幡

大谷さんは岡本八幡にも参拝してきたそうです。私は足を踏み入れたことがありません。彼は地元の神社には必ずお参りしているらしい。志を遂げられますように。