石母田正評伝

磯前順一著『石母田正ー暗黒のなかで眼をみひらきー』(ミネルヴァ書房 2023)を取り寄せて読みました。歴史社会学派の旗手、また名著『平家物語』(岩波新書)の著者として、私と同世代、やや年長の軍記物語研究者たちが敬意と憧憬を籠めてその著作を読んできた歴史学者石母田正(1912-86)の評伝。全370頁、著者は思想史が専門らしく、饒舌な筆がときに走りすぎる感もありますが、膨大な資料を読み込んだ労作です。

一読後、自分が何も知らなかったことを思い知らされました。石母田正は、ただ歴史学者、哲学者ではなく革命家と呼んでいいほどのマルクシストだったのですね。国はどうあるべきか、民のための社会はどうしたら実現できるかという課題の追求と歴史研究とが一致していた学者だったのでした。本書には上部構造と下部構造、六全協奴隷制民族主義、主体、交通、世界史的個人といった、一時代の用語が頻発します。

私が知っていた石母田正は、古事記平家物語や宇津保物語を斬新な眼で読み解き、国文学者の見ていなかった世界を古典作品から起ち上がらせてくれた人、共産主義者ではあったが古武士のような筋の通った正義感を貫き通した学者、というものでした。殊に平家物語に関しては、高木市之助を受け継ぎ、その文学的本質に先入観なく迫った人として見上げてきました。彼の追うテーマの先には天皇制、都市と農村、歴史を変えるのは誰か(英雄時代論)という問題があることは感じていました。

改めて彼の生きた時代を考えると、共産主義共産党の持っていた影響の大きさを、私たちは充分知らないと思います。天皇制と日本(国家・文化併せて)との関係も小さく見過ぎているかもしれません。自分の無知を恥じつつも、彼の古典文学の読みの魅力の因由をたどり直し、国文学に欠けていたものを見直したいとつよく思ったことでした。