石母田正がいた時代

評伝『石母田正』(磯前順一 ミネルヴァ書房 2023)を読みながら、かつて見慣れた日本史の学者名が次々出てきて、ああこの人はこうだったのか、と知る例が続いたので、日本史の人は本書をどう読むのか知りたくなり、錦織勤さんに問い合わせメールを出しました。錦織さんは府立図書館で借りて読む、と言ってきましたが、読む速度は私よりずっと速く、2,3日後にはこんなメールが来ました。

【思想史的なところは十分に理解できたわけではありませんが、全体としては、非常に面白く、勉強になりました。石母田さんの思想的な背景が、日本共産党の動向と、ここまで不可分なものであったことは、知りませんでしたし、英雄時代論がどのような意図で書かれたものか、それが石母田さんにとってどれほど重要な問題だったのかも、初めて知りました。ここに書かれているようなことを分かった上で、著書・論文を読んでいたら、受け取り方も違ったものになっただろう、と思いました。
石母田さんの一番の課題は、社会の変革、マルクス主義的な革命にあったというようなことは、以前から窺えるところでしたが、それが石母田さんにとって、どれほど切実で重要な課題だったのか、というようなことは、周りにいた人には知られていたことなのでしょうが、地方で細々とやっていた者にはなかなか知り得ないところで、要するに、「階級国家の成立と消滅という石母田の研究主題を除去したところで、その成果を既存の制度史として読み取ろうする」(本書ⅱp)者の典型だったということです。この本を読んでみて、改めて石母田さんの偉大さ、人間としての誠実さ、謙虚さも見えてきたと思います。
教養部の頃に読んだ論文に、史料の読み誤りを指摘されたのに対して、「史料にどう書いてあろうが、マルクスはそう言っているんだ」と書いたものがありました。唖然とし、それが有力誌に載せられていたことも驚きました。史料よりマルクスが大事なら、歴史じゃないだろう、と思いました。その種の体験や、『資本論』にはこう書いてあるとか『ドイツ・イデオロギー』にはこうあると言われると、読まざるを得ないような気がして手を出すのですが、何度も挫折。近年、同年代の非常に有能な日本史研究者が書いた、人生で一番読んだのは『資本論』だ、という文章を読んで、いま思うと、日本史の主流となっていた研究との向き合い方については、分からないなりにもう少し対処の仕方はあったのかもしれない、という気もしています。ウェーバーは分からないなりに面白いと思いました。『理解社会学のカテゴリー』だとか、『社会学の根本概念』などという、概念規定がずらーっと並んだ、一見、無味乾燥とも思える著作も、理解できないのだけれど面白い、わくわくする感じがありました。】

ほぼ同じ体験をしてきたと思いました。「共産党宣言」の昂揚感は今も思い出します。