鎌倉仏教と密教

智山勧学会編『鎌倉仏教ー密教の視点からー』(大蔵出版)を読みました。元山公寿氏の「はじめに」によれば、本書は智山勧学会が平成28年から令和3年(2016-21)に開催した学術大会、談話会などの講演をもとに、密教の視点から鎌倉仏教を論じた12本の論考を収載したものです。

1「鎌倉仏教にとっての密教」には菊池大樹・平雅行・永村真、2「密教の思想的展開」には大久保良峻・小林靖典、3「密教と諸宗」には大塚紀弘・末木文美士・前川健一・野呂靖、4「密教の諸相」には彌永信美・伊藤聡・高橋秀城、という豪華メンバーが並んでいます。現役の宗教者を相手に講演した内容をもとにしているので、中には高度の教理を説く、私には歯が立たない論文もありますが、総じて分かりやすく、現在の研究状況を説明した上で新たな問題点を取り上げた、有益な内容でした。断片的に知っていた事柄の意味に膝を打ったりしながら、大いに蒙を啓かれました。

鎌倉時代の仏教と言えば、戦火に苦しむ民衆を易行で救済する新仏教、法然親鸞日蓮、一方で哲学的な道元、といった高校日本史の知識を引き摺って、文学史の授業をやってきたのですが、じつはそういう見方はもう否定され始めていることを知り、些かほっとした気もあります(どうもそうではないんじゃないか、と文学の立場からずっと感じてきた)。護持僧が宗教の変遷に果たした役割の大きさ、新仏教と雖も旧仏教の各宗でも、兼学は当たり前だったという事実、「立川流」についての従来の誤解、そして近年、寺院資料の調査が進んで何が判ってきたのか等々、永年の鬱屈が晴れた感じがしました。

頼瑜、明恵栄西の存在に注目すると、ちょうど平家物語成立頃の人々です。仏教と文学の交錯する時代の雰囲気を、私でもようやく想像できそうな気になりました。