沙石集の世界

土屋有里子さんの『『沙石集』の世界』(あるむ 2022/10)を読みました。沙石集は尾張の長母寺住職を43年間務めた無住(1226-1312)が弘安年間に著し、その後も改訂し続けた仏教説話集です。無住は僧医でもあり、梶原景時の末裔と言われています。幼年時は鎌倉、下野、常陸など関東で育ち、18歳で出家、沙石集のほか雑談集、聖財集を執筆しました。

沙石集も雑談集も饒舌で、説話評論と呼ばれる著者の言論が大量に盛り込まれ、通読するのに体力を要するというか、辟易するというか、なかなか速読できないのですが、挙げられる説話は臨場感もあり、面白いものが多く、後代の笑話や落語の素になったものも少なくありません。近世に愛好されたようです。

本書は無住の伝記、彼が学んだ人脈、彼と縁のあった鎌倉武士や尾張三河の寺院などに触れながら、現代語訳による沙石集の説話を数多く例示して、その価値観を説き明かそうとしています。「はじめに」 1無住道暁ヒストリー 2神と仏の中世神話 3末世の仏教界と僧侶 4女性と愛欲 5異類へのまなざし 6限りある命と極楽往生 7鎌倉幕府と東国武士 8尾張三河の宗教世界 「おわりに」 という構成になっており、関連地図と年表が付いて、片手で持って読めるサイズの全232頁。無住や鎌倉期の仏教説話集にあまりなじみのない読者にも、手に取りやすいでしょう。

無住の生きた年代は、平家物語の生成、成長時期とちょうど重なり、原平家物語発祥の地と東国、無住と梶原一族との関係や、さらにこの饒舌さと読み本系平家物語の指向をも考え合わせるとき、改めて彼の周辺を照射してみては、と思うのです。たしか永積安明氏も、沙石集に注目していました。

[追記] 永積氏が沙石集に関心を持っていたことを何によって知ったか、自分のことなのに思い出せません。ただ、しまった、私ももっと早くから沙石集の研究をしておくべきだった、と後悔したことだけを覚えているのです。記憶違いかもしれません。