藤原伊通の除目書

手嶋大侑さんの論文「宮内庁書陵部図書寮文庫所蔵『除目申文之抄』と藤原伊通の除目書『九抄』」(「古文書研究」94号 2022/12)を読みました。手嶋さんは日本中世史が専門、論集『明日へ翔ぶ 4』(風間書房 2017/3)には、「年官制度の展開」を書いています。宮内庁書陵部に所蔵されている『除目申文之抄』と題する資料が、じつは逸書『九抄』の一部を南北朝に書写したもので、その中の「土代巻」に当たるであろうと推定し、当該資料の収める除目の事例一覧表を掲げています。

藤原伊通(1093-1165)は、九条大相国とも呼ばれた平安末期貴族。廉直で、朝政に対する見識のある政治家として、また毒舌家としても逸話の多い人物です。平治物語、今鏡、古事談、古今著聞集などに多くの説話が残っていますが、殊に平治物語では、彼の吐く鋭い正論、警句が痛快です(それゆえ平治物語作者に擬する説もありますが、例えば読み本系平家物語では長方が同じような役回りを務めており、作者説にはいま1度、別角度からの検証が必要でしょう)。

伊通は文化人でもあり、有職故実を重んじ、二条天皇への意見書として『大槐秘抄』を著し、今は逸書となってしまった『九抄』(『九条相国抄』『除目抄』とも)全8巻を録しました。『九抄』は保元元(1156)年から永万元(1165)年の間に編まれたとされ、除目に関する諸説、口伝や諸書の記事を集成して伊通自身の見解を加えたものと考えられています。

手嶋さんの考証は手堅く、すでに知られていた資料の本性が判明した、ということになるでしょう。なお本資料の含む内容の下限は、外題にある年記より下がって、永久4年(1116)であるということも指摘されています。