愚管抄の伝来

國學院雑誌」1月号(1389号)掲載の児島啓祐さんの論文「光圀本系『愚管抄』伝来考ー成簣堂文庫本・天理本・新出写本の関係をめぐって」を読みました。愚管抄の本文には疑問を抱く箇所が多いのですが、最近、坂口太郎さんや児島さんの仕事によってようやくその諸本に光が当てられるようになってきました。

本論文はまず、天理図書館蔵本と和田琢磨さん所蔵の写本とが元来同じ書架に保存されていた、同じく光圀本を底本としながら書写態度の異なる兄弟本の一部が取り違えられて流出したものであることを推定しました。こんな事も起こるんだ、それを推定することも出来るんだ、という驚きにわくわくさせられます。そしてこの2本が、愚管抄の校訂や古態探求に有益であるというより、近世中期の本書の伝来を明らかにするのに有意義なのだとの結論に納得します。これこそ、書誌学を駆使した本文研究の面白さです。

同じ底本から、校訂本と視認しやすい本との2種の写本が、同じ場所で作られたこと、また愚管抄の写本は平仮名書きが多く、片仮名交じりに統一されたのは彰考館の修史事業以降、天和頃だという指摘は、私にとって重要でした。歴史書が必ずしも漢字片仮名交じりで書かれたとは限らないということ、近世の書写は目的によって異なる本文を生み出すということは、源平盛衰記などにも共通する問題だからです。

本誌には折口信夫と対決する岡田荘司さんの『古代天皇と神祇の祭祀体系』への斉藤英喜さんの行き届いた書評や、「添臥」という慣習をめぐって葵上と光源氏の関係を鮮やかに読み解く竹内正彦さんの論文も載っており、論文がすとんと胸に落ちる瞬間の快感を味わうことができます。誌代は¥220(送料別)、お問い合わせは國學院大學文学部資料室(電話03-5466-4813)まで。