禁秘抄の世界

佐藤厚子さんの『中世の宮廷と故実―『禁秘抄』の世界―』(岩田書院 中世史研究叢書35)を読みました。禁秘抄は、承久の乱佐渡に流された順徳院が、在位中に撰した故実書です。天皇が心得べき宮中の作法故実・慣例について、承久元(1219)年に起稿して、同3年3~4月に完成しました。未だ幼かった仲恭天皇(建保6年1218生)のために編んだのではないか、と佐藤さんは推測しています。

それゆえ禁秘抄は、故実作法の原則、それが必要な理由、それから外れつつある実態、そして現実に即した対応法を述べるという説諭の文体で書かれていると、佐藤さんは指摘します。本書は禁秘抄の本文を解釈しつつ、変わらぬことを目指しながらも変わりゆく、中世の宮廷社会のありようを描き出しました。

本書は堅牢な造本の380頁、序で禁秘抄を概説した後、Ⅰ天皇の渡り物 Ⅱ儀式と日常 Ⅲ内廷の秩序 Ⅳ故実としての儀式 Ⅴ中世国家と天皇の身体 Ⅵ中世の内裏と故実 付「御燈祓」と故実語り、という章立てになっています。底本は群書類従本、勤務先の紀要「椙山女学園大学研究論集」に2007年から10年間に亘って、営々と連載してきた成果です。有職故実の研究を読みながら思うのは、現代でも(あるいは現代だから)解釈の行き届かないところが、かなりの部分残ってしまうのだということで、個々の解釈の正否を論じる能力は私にはありませんが、この時期の石灰壇や台盤所の実態、日月蝕への対処など、新たに得た知識がたくさんありました。学校教育の現場で使えるような、新書判の概説書を書いて欲しいな、と思いました。

佐藤さんは同じ叢書で、『中世の国家儀式―『建武年中行事』の世界―』という本も出しています。可愛がって下さった桜井好朗さんも、きっとあの世でお喜びでしょう。