平曲平家物語問答

鈴木孝庸さんが藤田郁子さんの疑問に答えた「平曲平家物語問答」(「人文科学研究」148輯)を読みました。鈴木さんは、譜本を見て習う津軽系の平家語り(盲人が口移しに習う当道系の平家語りに対して、晴眼者がアマチュアとして語ることが可能な平家語り)を、実際に語る研究者です。2015年11月から2019年3月まで、66回の公演を重ね、全巻200句を語る(「一部平家」と呼ぶ)大事業を完遂しました。

聴衆が1桁しかいない回もしばしばだったようですが、かつての教え子でもある藤田さんは、この公演を聴いた感想や疑問点を詳しくメモし続け、鈴木さんに渡したらしい。藤田さんはこの公演以前は殆ど平家語りに触れたことはなかったそうですが、近世演劇や邦楽には素養があったようで、小学校教諭として古典芸能の享受・継承にも向き合ってきたのでしょう。享受者側からの、思いがけない、また鋭い指摘に、何とか答えようとする問答から、芸能としての平家物語が浮かび上がってくる結果になっています。

質問は例えばこんな点ですー①浄瑠璃の三味線と比べて、平家琵琶には演奏技法を誇示するような見せ場はないのか?②清元では地声で高音を出すが、声変わり前から訓練するのが本来で、平家語りも同様か?③晴眼者は暗譜・暗誦でなく譜本を見るのが建前か?④物語内の人物ごとに声を変えたりはしないのか?⑤テキストを見ながら聴くと、演奏全体の雰囲気を味わうことが妨げられるのではないか?⑥演奏者鈴木が最も好きな句、最も多く演奏した句は?ときには手厳しい批評も混じっています。

回答は鈴木さんのこれまでの研究に基づいていますが、芸能であるゆえに意図的に一部の詞章を替える例、何故譜本を見ながら語るのか、語られる平家物語では登場人物は語り手の支配下にある、など極めて重要な視点が、問答を通じて引き出されています。