一部平家

鈴木孝庸さんの「一部平家のむかしいま」(「人文科学研究」146)という文章を読みました。鈴木さんは平家語りの研究者ですが、国文学の座学だけでなく自ら演唱を習い、ついに一部平家(平家物語全曲を通して語ること)を達成した人です。

この文章では前半で、『看聞日記』『大乗院寺社雑事記』などの史料から中世の「一部平家」の実態を推測し、また『西海余滴集』と自身の経験から、近世に伝えられていた一部平家の番組内容を推定しています。近世に一部平家が行われた証跡はないとして、2016年10月に亡くなった橋本敏江さんが、津軽藩に譜本をもとに伝わっていた平家二百句通し語りを、1998年から2009年にかけて実現したのが、中世以来の復活公演ではないかということです。

鈴木さんは橋本さんに師事し、その遺言を実現すべく、館山宣昭さんから秘事の伝授を受け、2015年から2019年にかけて一部平家を実現しました。さらに『西海余滴集』にある三十日間連続演唱一部平家を実施する準備を進めているとのことで、それらを後半で紹介しています。

史料を勘案すれば、中世の琵琶法師は1巻を2回で語ることができ、一部平家は、勧進平家以外はツレ平家(複数の演唱者が同時に語る)ではなく、1人で全曲か句ごとに分担語りをしたであろうと推測しています。物語順に語り進め、1日4句(区切りは口伝による)で、大秘事は語られないこともあったとしていますが、ご自身も聴衆の要望などにより句の順を入れ替えていますから、必ずしも厳格な物語順ではなかったかもしれません。

手紙には「出家しました」とありました。愛妻を亡くしてから毎日、仏前に手作りの味噌汁を供えて、大願成就を目指してきた鈴木さんです。最後の急坂ですね。