特集太平記

年刊誌「アナホリッシュ国文学」第8号(特集太平記 2019/11)を読みました。本誌は雑誌「国文学 解釈と教材の研究」の廃刊を受けて、2012年12月に創刊、本号の広告を出したまま5年近く休刊していたのですが、この度編集長が交代して再出発したとのことです。

偶々花鳥社から、軍記物語講座第1回発売の『平和の世は来るかー太平記』が出た数日後に本号が刊行され、2019年は太平記元年の趣を呈しました。しかし合計30名の執筆者の中、重複しているのは僅か4名で、論題も殆ど重なりません。太平記及び南北朝期の抱える問題の多様さが、窺えます。

本号の中で、私が一番有意義に読んだのは、弥永信美さんの「宗教史から見た転換期としての南北朝―三題」でした。高野山の宥快という僧が、後醍醐天皇側近の真言僧文観を攻撃するために書いた『宝鏡鈔』という書物を取り上げていますが、こういう分野に詳しくない私にも、多くのことが納得できる、わかりやすい説明がなされています。そのおかげで〈後醍醐天皇の時代から、それまで呪術性を基調としてきた日本の宗教世界が装いを変えて、一種の合理的な形に変質していった〉とか、1350年頃から、例えば『渓嵐拾葉集』の持つような〈神話的連想論理は急速に退潮していった〉というような、重大な指摘がすらりと理解でき、注釈文芸と呼ばれる扱いにくい言説も、文学史に組み込んで考えることができそうな気がしてきます。

我田引水を承知で言えば、まずは『平和の世は来るか』を読んでから、本誌を読むことをお勧めします。なぜなら、彼書がいわば国文学のスタンダード的立場の力作揃いなのに対し、本誌は異端や誤謬(例えばp132下段)も交えながら、読者の視野を押し広げてくれるからです。