須賀敦子詩集『主よ 一羽の鳩のために』(河出書房新社)を読みました。一服の清涼剤、とはこういうことを言うのでしょうか。池澤夏樹の解説にはリルケを思わせるとありますが、言葉の配置からいうと立原道造が連想されます。こんな本を2,3冊出すだけで一生を送りたいなあ、とふと思ってしまいました。
かつて『ミラノ霧の風景』を読んだ時、すばらしい女性だと思いました。ミッション系女子大の教育の底力も、このとき印象づけられました。次いで訳書のA・タブッキ『インド夜想曲』を読みました(読書録を調べてみると、『ミラノ霧の風景』を読んだのが91年11月で、『インド夜想曲』を読んだのは99年6月。どちらも昨年蔵書整理を断行した際に売ってしまったのが、悲しい)。この頃から勤務に逐われ、同時代の文学は殆ど読めない生活を送って来たので、旧知の人と再会したような気分です。
本書はこのほど発見された、メモ書きを含む詩稿を日付順に並べて編集されたもので、1959年1年分のみ、ほかに彼女の詩は遺されていないらしい。年譜を見るとちょうど30歳、結婚の前年で、詩に溢れるこの世界への愛と、何ものかへの呼びかけは、心の雌しべが熟して、受粉の準備ができていた時期だったことを窺わせます。口絵のスケッチや手書き原稿の字も美しく、慌ただしくないのが羨ましい。
私は未だ行ったことのないローマの、松の香りや噴水のきらめき、朝露の喜びが各頁から立ち上がって来るようです。言葉への尊敬を取り戻させてくれる1冊でした。