虫の日本文学史

植木朝子さんの『虫たちの日本中世史ー『梁塵秘抄』からの風景ー』(ミネルヴァ書房)を読みました。植木さんは多作な人です。これまでにも歌謡を中心とした楽しい本を、何冊も出してきました。本書は340頁弱、版元の宣伝誌に、2016~20年の3年半連載したエッセイをもとにしたそうです。書名を見て、やや気楽に読み始めたのですが、これはちょっと違った、と座り直しました。

まず植木さんの視野に入っている文学と人との関わりの幅が、広い。漢籍から現代詩まで、時代と地域とジャンルを超えて読んでいるし、その中から自分の研究の手許に入ってくる事柄に、窮屈な枷がない。なるほど歌謡を扱うと、こんなに自由な発想と浩瀚な知識が必要なのか、と納得しました。他分野の研究論文にもひろく目を通していることが分かり、文化の新旧へのこだわりのなさにも、教育者としての姿勢が窺われます。

本書は、序・虫に対する嫌悪と愛着 1中世芸能に舞う虫ー蟷螂・蝸牛 2中世の信仰と刺す虫ー蜂・虱・百足・蚊 3中国文芸と鳴く虫・跳ねる虫ー機織虫・蟋蟀・稲子麿 4王朝物語から軍記物語へ飛び交う虫ー蝶・蛍 5中世の子ども・武将・芸能者たちと遊ぶ虫ー蜻蛉 6中世の意匠と巣を編む虫ー蜘蛛 7中世人が聞いた秋に鳴く虫ー松虫・鈴虫・轡虫 終・豊かなミクロコスモス という構成になっており、文章は分かりやすく、さくさくと読み進めることができます。楽しみのための読書にもお奨めですが、時折立ち止まって考えたくなる問題もあります。私には1,5,6章が特に面白かった。

武具や武士の身の回り品に蜻蛉の意匠が好まれたのは何故だろう、と私も考えてみました。身軽さや食いつかれた時の強さもあるでしょうが、やはり、記紀雄略天皇の逸話から始まる、帝王の身を護る者というイメージが根本ではないでしょうか。