卒論で長門本平家物語を取り上げた時(60年前です)、通読できる翻刻本文は国書刊行会本だけ、誤字脱字や意味不明の傍書がある、底本の行方も分からない翻刻です。当時は疑問の多いままそれを使い、卒業しました。大学院に入って長門本研究を再開、伝本の所在から確認する必要を感じ、まず東大の所蔵する写本6本を見ていきました。
何しろ書誌学は講義を3ヶ月受けただけ、殆どいきなりの写本調査です。全国に70部以上残っている長門本伝本の中でも特徴のある本が、ここには偶々揃っていたのですが、当時はそんなこととは思いも及びませんでした。意図して蒐集したわけでもないでしょうに、不思議と言えば不思議なことです。

付属図書館が所蔵しているのは➀本居文庫本②南葵文庫本③青洲文庫本④片仮名交じり本の4種で、そのほかに⑤文学部研究室⑥国語学研究室にそれぞれ所蔵されています。

後年の調査結果を踏まえてみると、⑥の大型本が藩などで公的に写した本(全国に数点残っている)で、➀は私的な目的のためか急いで写したらしく、一部は抜粋のような写し方をしています。③には朱の書き入れなどがあり、実際に校訂しながら読んだことが分かります。②には安永3(1774)年の奥書、⑤には「平家物語之事」と題する長門本の由緒を述べた長文の序が付してあり、同様の奥書や序を持つ伝本が全国に散在しています。④は片仮名交じりに書き直された伝本で、東大には巻一のみが残っていますが、全冊揃ったものが天理図書館と平戸の松浦史料館にあります。

所在情報だけを頼りに伝本を見て歩き、系統化は到底無理だと諦めてから半世紀ー旧蔵者・書写者の関係や本文の関連が少しずつ解明され始めました。今になって、スタート地点に、代表的な手がかりが顕れていたのだと知った次第です。