回想的長門本平家物語研究史(12)

2002年春に私が國學院大學へ赴任してすぐ、市場に未だ知られていない長門本の完本が出ました。行方が分からなくなってしまうのは残念なので、赤間神宮に連絡してみました。旧国宝本以外にも長門本を収集したい、と言っておられたことを思い出したからです。地元の協力があって無事に落札できました。「津田縫殿蔵書之印」という鮮やかな朱の角印があり、村上光徳さんが調査しましたが、誰なのかは分かりませんでした。

ちょうど2005年が赤間神宮創建130年目に当たるということで、記念事業として所蔵する古典籍の解題を作りたいとの相談を受け、それなら記念論集にしましょう、ということになりました。35年前、未だ海の物とも山の物ともつかぬ大学院生の私が、調査をお願いした時から変わらず丁寧に遇して下さったことへの御恩返しをと思ったのです。院生を連れて何度か調査に行き(てんやわんやの珍道中でした)、古典籍類の解題を作成、琵琶のコレクションの調査は薦田治子さんに、戦災で焼失した「懐古詩歌帖」の翻刻(東大史料編纂所蔵影写本による)は、堀川貴司さんに依頼しました。

論集は『海王宮ー壇之浦と平家物語』という書名で、2005年に刊行されました。解題の中に、「新たに調査された長門本平家物語」という題で、『平家物語論究』以降に知り得た書誌情報を載せましたが、その後も大分県の文庫や個人蔵の伝本に出会いました。一方で福地桜痴旧蔵のものなど、今は所在が分からなくなった本もあります。

『海王宮』には解題のほか16本の錚々たる論文が並びました。中でも須田牧子さんの「中世後期の赤間関」、大高洋司さんの「曲亭馬琴平家物語」は、従来の長門本研究になかった視点を示してくれたと思っています。赤間神宮の水野宮司は赤坂御所へ出来上がった論集を献納に行き、お供した版元はまたとない経験をしたそうです。