国立劇場

国立劇場が建て替えのため2029年まで休館、ところが工事の入札は2度も不成立、というニュースは知っていましたが、NHK-ETVで昨秋の俳優祭が放映されたのを視ながら、考え込んでしまいました。この分では果たして再開できるかどうかも怪しい。国立劇場創設が果たしてきた役割を思い返せば、単に上演会場が減るという問題ではないからです。

国立の劇場建設は明治初期から建議されていて、明治44(1911)年にできた帝国劇場はその代わりのようなものだったらしい。さきの大戦で一旦頓挫したものの、昭和31(1956)年に計画が具体化、41(1966)年に開館しました。正倉院の校倉を模したデザインは有名で、しかし私は、倉は物をしまう所、劇場は人々の感情を解放する所、似合わない、と日記に書いたことを覚えています。あの頃、東京に建つ新建築はいちいち観に行きました。文化会館、西洋美術館、日生劇場、カザルスホール・・・日本の戦後復興と文化向上と自分の青春(大人の文化の仲間入り)とが交錯していた時代だったのです。

すぐに観客の団体あぜくら会会員になり、足しげく通いました。花火を模したシャンデリア、獅子の絵、近くのレストラン、お濠の土手に咲く曼珠沙華、懐かしい。歌舞伎座はちょっと敷居が高くても、ここは切符が買いやすく、各地の民俗芸能や雅楽、声明なども上演されました。通し狂言が頻繁に上演されたり、女形中村芝翫が脚光を浴びたり、一般から募集した研修生が育ったり、古典芸能教室が開かれたり、劇場あっての功績も少なくありません。私は地方勤務の16年と過労死寸前の12年が続き、御無沙汰しました。

俳優祭では、老若の役者が活き活きと舞台を動き回っていました(勘九郎の奪衣婆は逸品)。国立の劇場を、観光施設と抱き合わせにしなければ造れない先進国って、情けなくないですか?